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企業年金の給付減額に対して

不同意の意見表明したことを最大の解雇理由とする解雇事件

平成22年(ヨ)第3号地位保全等仮処分命令申立事件に関する

さいたま地方裁判所秩父支部の飯塚宏裁判官の決定の問題について

国民生活労働組合

目次

第1 概要について

1 キヤノン電子労働組合について

2 当事者の眞壁とし子について

3 眞壁とし子の解雇について

4 最大の解雇理由について

5 「本件解雇」の具体的な解雇理由について(キヤノン電子労働組合が眞壁とし子に配付した解雇理由証明書の抜粋)

6 さいたま地方裁判所秩父支部の決定について

7 東京高等裁判所第22民事部の審尋について

8 現在の活動について

9 前代未聞の,前例がない事件であることについて

10 社会的な影響について

第2 企業年金について

1 企業年金(確定給付企業年金及び確定拠出年金)について

(1)企業年金は,退職金であることについて

(2)企業年金の積立方法について

2 実施事業所について

3 確定給付企業年金について

(1)目的と関係法令について

(2)事業主に対する税制上の優遇措置について

(3)本事件に関係する特徴について

4 確定拠出年金について

(1)目的と関係法令について

(2)事業主に対する税制上の優遇措置について

(3)本事件に関係する特徴について

5 企業年金の,開始,給付減額,給付設計,及び原理原則について

(1)企業年金は,実施事業所毎に,開始することについて

(2)企業年金(確定給付企業年金)の給付減額は,厚生労働省の政令で定める要件を守らなければできないことについて

(3)企業年金の給付設計と「グループ区分」について

(4)実施事業所毎が原理原則であることについて

6 企業年金の形態と,企業年金基金,及び資産運用関係者の役割・職務・分担,及びそれに伴う責任について

(1)企業年金の形態について

(2)企業年金基金について

(3)資産運用関係者(事業主等,理事及び代議員)の役割・職務・分担,及びそれに伴う責任について

(4)企業年金基金の合併について

7 権利及び保護の規定について

(1)日本国憲法

(2)確定給付企業年金法施行規則の第3条第3項

(3)確定拠出年金法施行規則の第2条第3項

(4)労働基準法施行規則の第6条の2第3項

(5)労働組合法の第7条第1号

第3 「基金規約変更」と,「本件解雇」の解雇理由について

1 キヤノン電子企業年金基金及びその実施事業所について

(1)基金型の確定給付企業年金基金であることと,複数の実施事業所からなっていることについて

(2)キヤノン電子株式会社実施事業所について

(3)キヤノン電子労働組合実施事業所について

(4)キヤノン電子株式会社実施事業所,キヤノン電子労働組合実施事業所,各々,異なる給付設計にすることが可能であることについて

2 「基金規約変更」が給付減額であることについて

3 「基金規約変更」は「労使合意の変更」が理由であること,及び「基金規約変更」に“やむを得ない理由”がないことについて

(1)「基金規約変更」は「労使合意の変更」が理由であることについて

(2)「基金規約変更」に“やむを得ない理由”がないことについて

4 キヤノン電子労働組合の「基金規約変更」に関する不当な対応について

5 キヤノン電子労働組合の「基金規約変更」の実施理由の説明の変遷について

(1)当初の説明について

(2)キヤノン電子企業年金基金等の財政状況が良好である,客観的事実を示したことについて

(3)前項(2)の客観的事実を受け,キヤノン電子労働組合の主張が一転したことについて

(4)キヤノン電子労働組合の「基金規約変更」の実施理由の説明の変遷内容について

6 「本件不同意」の効果,及び「本件不同意」によって権利が侵害される者は一人もいないことについて

(1)「本件不同意」の効果について

(2)「本件不同意」によって権利が侵害される者は一人もいないことについて

7 「本件不同意」の理由について

(1)説明不足であること

(2)給付減額に“やむを得ない理由”が全く無いこと

(3)企業年金は,実施事業所毎に実施されること

(4)「本件不同意」にかかわらず,他の実施事業所では,給付減額の規約変更は可能であること

(5)厚生労働省が公告する承認又は認可に必要な「標準処理期間」に対して,キヤノン電子労働組合が課した回答期限は,短すぎて不適切なこと

(6)キヤノン電子労働組合は,平成22年10月15日までに,「本件不同意」しても,話し合いは続けると,説明したこと

(7)年間120万円以上も賃金を減額されていたため,老後の生活資金のことを考えると,“やむを得ない理由”がない以上,給付減額が絶対に認められないこと

8 「本件解雇」の解雇理由の変遷について

(1)当初の解雇理由について

(2)キヤノン電子労働組合の答弁書及び準備書面の抜粋

(3)当初の解雇理由の問題について

(4)「グループ区分」により,「本件不同意」に関係なく,キヤノン電子株式会社実施事業所において「基金規約変更」が実施可能であることを主張した後の,キヤノン電子労働組合の主張の変改について

(5)キヤノン電子労働組合の変改された主張の問題について

第4 さいたま地方裁判所秩父支部の飯塚宏裁判官の決定について

1 さいたま地方裁判所秩父支部の飯塚宏裁判官の「本件不同意」の争点に関する決定(原審決定)について

2 原審決定の問題について

(1)最大の解雇理由の変遷について何ら判断していないことについて

(2)企業年金の加入者の権利及び保護の規定について何ら判断していないことについて

(3)キヤノン電子労働組合は,「基金規約変更」に「本件不同意」しても,今後も話し合いを続けると説明したにもかかわらず,「本件解雇」に及んでいることついて何ら判断していないことについて

(4)経済的な実情について何ら判断していないことについて

(5)権利濫用の判断にあたって,権利行使者の受ける利益と相手方の受ける不利益の,整理・比較衡量という基本的な過程すら踏まず,一方的に,「本件不同意」は眞壁とし子の権利濫用と判断していることについて

第5 佐藤昭夫早稲田大学名誉教授(法学博士)の「意見書」について

1 平成23年12月14日付意見書(7頁以降)の引用

2 平成24年1月16日付意見書〈補充〉(4頁以降)の引用

3 小括

第6 本事件の社会的な影響について

第7 最後に

第1 概要について

1 キヤノン電子労働組合について

キヤノングループの1つで,埼玉県秩父市に本社を置く,キヤノン電子株式会社の企業内労働組合です。

2 当事者の眞壁とし子について

当事者の眞壁とし子は,キヤノン電子労働組合に直接雇用される従業員で(キヤノン電子株式会社からの出向者ではありません。),30年間以上,専従書記を勤めていました。

3 眞壁とし子の解雇について

平成22年10月29日,キヤノン電子労働組合は,眞壁とし子を,事前の説明は一切行わず,僅か6分間で,懲戒による当日の解雇にしました。

4 最大の解雇理由について

平成23年4月1日施行予定(当時)の企業年金の給付減額を伴う規約変更(以下,「基金規約変更」といいます。)に,眞壁とし子が,不同意の意見表明をしたことにより,“「基金規約変更」が実施不可能になる”ことを最大の解雇理由としています。

本事件の解雇が,「基金規約変更」に対する不同意の意見表明であることは,キヤノン電子労働組合の答弁書及び準備書面からも明らかです。

以下では,

・ 本事件の解雇を,「本件解雇」,

・ 「基金規約変更」に対する,眞壁とし子の不同意の意見表明のことを,「本件不同意」,

と呼ぶことにします。

5 「本件解雇」の具体的な解雇理由について(キヤノン電子労働組合が眞壁とし子に配付した解雇理由証明書の抜粋)

退職年金制度改革について、その必要性並びに組合の現状及び立場を再三説明したにもかかわらず、退職年金制度改革が不可能になり、ひいてはキヤノン企業年金基金との統合も不可能になることを承知の上で反対した。かかる行為は、組合は組合員のための機関であることと根本的に相容れないことを理由とする解雇

6 さいたま地方裁判所秩父支部の決定について

平成22年11月に,さいたま地方裁判所秩父支部に,地位保全仮処分命令の申立をしました(平成22年(ヨ)第3号)。

飯塚宏裁判官は,平成23年9月7日に,その申立を全て却下しました。

7 東京高等裁判所第22民事部の審尋について

東京高等裁判所に抗告し(平成23年(ラ)第1885号),第22民事部において,加藤新太郎部総括判事の指揮のもと審尋が行われました,

第1回目の平成23年12月19日の審尋,第2回目の平成24年2月3日の審尋を経て,終結し,3月中の決定を待つ状態となっています。

8 現在の活動について

現在は,公正な審理を求める要請署名に取り組んでいます。

9 前代未聞の,前例がない事件であることについて

企業年金の給付減額(特に受給者・受給待機者)に関する事件は存在しますが,企業年金の給付減額に対して不同意の意見表明したことを解雇理由とする解雇事件は,前代未聞の,全く前例がない事件です。

10 社会的な影響について

確定給付企業年金及び確定拠出年金に関する不当な司法判断は,同企業年金の加入者のみならず,同様の法制度である,他の企業年金の加入者にも多大な影響を及ぼします。

具体的には,

・ 厚生年金基金の加入者数は   460万人,

・ 確定給付企業年金の加入者数は 647万人,

・ 確定拠出年金の加入者数は   371万人,

に影響を与えます(平成23年版厚生労働白書,社団法人生命保険協会の平成22年3月末現在速報値)。

第2 企業年金について

1 企業年金(確定給付企業年金及び確定拠出年金)について

(1)企業年金は,退職金であることについて

企業年金(確定給付企業年金及び確定拠出年金)とは,基本的な考え方は,退職金の分割支払いです。分割で支払う分,利子を上乗せします。

これについては,厚生労働省の事務次官の記者会見の発言や,金融庁長官の諮問に応じ,企業会計基準や監査基準の設定に関して答申を行う,企業会計審議会の意見書の答申にも,その旨あります。

これらより,企業年金が,後払いとしての賃金,すなわち退職金であることは明らかです。

よって,企業年金の給付減額は,労働条件の不利益変更になります。

以下に,厚生労働省の事務次官の記者会見の発言及び企業会計審議会の意見書の抜粋を示します。

ア 厚生労働省「平成18年2月16日付定例事務次官記者会見概要」の抜粋

これは企業年金というものが、そもそもどういう性格のものかということが1つあると思います。企業年金が退職金の分割払いという性格があるのではないかということが言えるのではないかと思います。そうだとすると、労働条件の不利益変更法理があるわけです。

イ 企業会計審議会「退職給付に係る会計基準の設定に関する意見書」の抜粋

退職給付とは、一定の期間にわたり労働を提供したこと等の事由に基づいて、退職以後に従業員に支給される給付をいい、退職一時金及び退職年金等がその典型である。

退職給付の支給方法(一時金支給、年金支給)や退職給付の積立方法(内部引当、外部積立)が異なっているとしても、いずれも退職給付であることに違いはない。

「企業会計においては、退職給付は基本的に労働協約等に基づいて従業員が提供した労働の対価として支払われる賃金の後払いである」という考え方に立っている。

(2)企業年金の積立方法について

前項(1)のとおり,企業年金は,退職金の分割支払いですが,企業年金の法令上,その資金は,“年金受給者本人が,現役時代から,自ら貯蓄しておく”という積立方法を,義務としています。

このような財政方式のことを「積立方式」といいます。

詳しくは,厚生労働省「年金財政ホームページ 用語集『積立方式の説明』」でも解説されています。

特に,今回の問題となっている確定給付企業年金では,「積立方式」の中でも,更に年金財源の健全性を保つため,「事前積立方式」を採用することを義務としています。

ちょっと余談…国民年金の場合は?

国民年金等の公的年金は,その年の年金支払に必要となる額を,その年の保険料で賄う財政方式を採用しています。

このような財政方式のことを「賦課方式」といいます。

ですから,企業年金の“年金受給者本人が,現役時代から,自ら貯蓄しておく”「積立方式」と,公的年金の「賦課方式」は,全く異なります。

詳しくは,「積立方式」と同様,厚生労働省「年金財政ホームページ 用語集『賦課方式の説明』」でも解説されています。

2 実施事業所について

企業年金を実施する厚生年金適用事業所のことを実施事業所といいます(確定給付企業年金法第4条第1号確定拠出年金法第3条第3項第2号)。

企業年金は,実施事業所毎に,開始・変更を決定することが,原理原則となっています(確定給付企業年金法第3条第3項第6条第3項第117条第3項確定給付企業年金法施行規則第6条第4項確定拠出年金法第3条第2項第5条第3項)。

この原理原則は,後述の第2「6(1)」の企業年金の形態にある,規約型・基金型を問いません。

3 確定給付企業年金について

(1)目的と関係法令について

本事件に関係する,企業年金の一つである,確定給付企業年金は,労働者の老後のための公的年金の補助年金として,国が受給権を保障する企業年金です(確定給付企業年金法第1条)。

確定給付企業年金については,確定給付企業年金法同法施行令,及び同法施行規則に規定されています。

(2)事業主に対する税制上の優遇措置について

前項の目的達成のために,事業主は,

@ 拠出掛金非課税  (所得税法施行令第64条第1項第2号),

A 運用収益非課税  (所得税法第176条第2項),

B 積立資産課税の凍結(法人税法第8条第83条第87条租税特別措置法第68条の4),

C 掛金損金算入   (法人税法施行令第135条第2号),

という,数々の税制上の優遇措置も受けています。

(3)本事件に関係する特徴について

本事件に関係する,確定給付企業年金の特徴は,次のとおりです。

 年金受給者自身が,現役時代の加入者の時に積み立てた年金資金で,自らの年金を支給する「事前積立方式」であること。

 使用者・資本が全く異なる実施事業所が集まって,1つの確定給付企業年金をしてもよいこと。

年金資金を巨額にして,資金運用のスケールメリットを受けることができます。

 実施事業所毎に,給付設計を異にすることができること。

給付設計とは,退職一時金の割合,退職年金の給付利率等の規定のことをいいます。

「グループ区分」することにより,実施事業所毎に,異なる給付設計にすることができます。

 実施事業所単位が原理原則であるので,制度実施,給付減額等の不利益変更については,実施事業所毎に同意を確認しなければならないこと。

 実施事業所毎の,過半数代表者,労働組合の正当な行為は,保護されていること(確定給付企業年金法施行規則第3条第3項労働組合法第7条第1号)。

4 確定拠出年金について

(1)目的と関係法令について

確定給付企業年金と同様に,確定拠出年金も,労働者の老後のための公的年金の補助年金として,国が受給権を保障する企業年金です(確定拠出年金法第1条)。

確定拠出年金については,確定拠出年金法同法施行令及び同法施行規則に規定されています。

確定拠出年金には,

@ 「企業型年金」: 事業主が労使合意に基づいて実施し,60歳未満の従業員が加入者となる,

A 「個人型年金」: 自営業者等及び前項「企業型年金」の対象となっていない60歳未満の従業員等が,国民年金基金連合会に申し出ることによって加入者となる,

の2種類があります(厚生労働省「確定拠出年金制度の概要」)。

本事件では,確定拠出年金の「企業型年金」が問題となっていますので,本事件における確定拠出年金の表記は,確定拠出年金の「企業型年金」のことを指します。

(2)事業主に対する税制上の優遇措置について

前項の目的達成のために,事業主は,

@ 拠出掛金非課税(所得税法施行令第64条第1項第4号),

A 掛金損金算入 (法人税法施行令第135条第3号),

の税制上の優遇措置も受けています。

(3)本事件に関係する特徴について

本事件に関係する,確定拠出年金の特徴は,次のとおりです。

 事業主等は,制度への加入時はもちろん,加入後においても,個々の加入者等の知識水準やニーズ等も踏まえつつ,加入者等が十分理解できるよう,必要かつ適切な投資教育を,すなわち,資産の運用に関する情報提供(いわゆる投資教育)を,計画的に実施しなければならないこと。

 確定給付企業年金の一部として実施できること(確定給付企業年金法第117条)。

 実施事業所単位が原理原則であるので,制度実施については,実施事業所毎に同意を確認しなければならないこと。

 実施事業所毎の,過半数代表者,労働組合の正当な行為は,保護されていること(確定拠出年金法施行規則第2条第3項労働組合法第7条第1号)。

5 企業年金の,開始,給付減額,給付設計,及び原理原則について

(1)企業年金は,実施事業所毎に,開始することについて

企業年金は,実施事業所毎に,同意を確認し,開始します(確定給付企業年金法第3条)確定拠出年金法第3条)。

このことは,各々の同条他項の規定からも明らかです(確定給付企業年金法第3条第3項確定拠出年金法第3条第2項)。

これは,確定給付企業年金において,確定拠出年金を実施する場合においても同様です(確定給付企業年金法第117条同条第3項)。

(2)企業年金(確定給付企業年金)の給付減額は,厚生労働省の政令で定める要件を守らなければできないことについて

ア 確定給付企業年金の給付減額について

確定給付企業年金では,

@ 給付額の減額(給付利率を,固定利率から,変動利率(国債利回り等の客観的な指標を基にした利率にする。いわゆるキャッシュバランスプラン)に変更することも含む),

A 確定拠出年金の導入(確定給付企業年金法施行規則第5条第5号),

は給付減額となります。

イ 厚生労働省の政令で定める要件について

確定給付企業年金では,厚生労働省の政令で定める要件(確定給付企業年金法施行令第4条第2号)に従わなければ,給付減額を実施することはできません。

具体的には,厚生労働省令で定める理由(確定給付企業年金法施行規則第5条)の場合にのみ,限定されています。

かつ,厚生労働省令で定める手続(確定給付企業年金法施行規則第6条)を守らなければなりません。

当然ながら,給付減額についても,実施事業所毎に,同意を確認しなければなりません(確定給付企業年金法施行規則第6条第4項)。

ウ 給付減額の理由について

給付減額の理由については,確定給付企業年金法施行規則の(給付減額の理由)第5条に規定されています。

同条のうち,第4号は企業年金の権利義務の承継の理由,第5号は確定拠出年金の導入の理由であるため,本事件の争点を考える上で,本質的な内容ではないため(第5号は本事件と関係していますが,本事件の争点の本質的な内容ではありません。),以下では,同条第1号乃至3号についてのみ,考えることにします。

(ア)確定給付企業年金法施行規則の(給付減額の理由)第5条の第1号乃至3号の抜粋

一 確定給付企業年金を実施する厚生年金適用事業所(以下「実施事業所」という。)において労働協約等が変更され、その変更に基づき給付の設計の見直しを行う必要があること。

二 実施事業所の経営の状況が悪化したことにより、給付の額を減額することがやむを得ないこと。

三 給付の額を減額しなければ、掛金の額が大幅に上昇し、事業主が掛金を拠出することが困難になると見込まれるため、給付の額を減額することがやむを得ないこと。

(イ)第5条第1号の理由の場合について

確定給付企業年金法施行規則第5条第1号は,その条文に「労働協約等が変更され」と記載がありますように,労使合意の変更を根拠とした,給付減額の理由です。

当然ながら,給付減額は,労働条件の不利益変更ですから,労働契約法の(労働契約の原則)第3条第1項の「労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。」に従って,変更すべき内容です。

したがって,加入者が,労働条件の不利益変更に合意しなければ,この理由による給付減額を実施することはできません。

(ウ)第5条第2号及び3号の理由の場合について

確定給付企業年金法施行規則第5条第2号及び3号は,それらの条文に「給付の額を減額することがやむを得ないこと」と記載がありますように,客観的な指標に基づき,企業年金制度の廃止という事態を避けるための次善の策として,給付減額が“やむを得ない”と認められる場合の理由です。

したがって,これらの理由の場合は,本当に“やむを得ない理由”が存在するか否か,が問題になります。

実際の裁判,例えば,NTT企業年金の年金規約変更不承認処分取消請求事件においても,裁判所は

「以上によれば,本件申請に係る規約変更を承認するに当たり,『実施事業所の経営の状況が悪化した』と認めることはできないのであって,企業年金制度を廃止するという事態を避けるための次善の策として,『給付の額を減額することがやむを得ない』とはいえないから,本件申請に係る規約変更が2号要件を満たすとは認められない。」

「上記のような試算に基づく原告らの主張は到底採用することができない。」

「上記の予定利率の引下げは,実際の利回りを踏まえて行われたものとは到底認められないのであって,そもそも上記のような大幅な掛金増加を伴う予定利率の引下げを行うべき合理的な理由が存するかについても,大いに疑わしいといわざるを得ない。」

と,“やむを得ない理由”が存在するか否かを厳密に判断しています。

(エ)給付減額は,労働条件の不利益変更ですから,上述の第2「1(1)」のとおり,企業年金が退職金の分割支払いであることを考慮しても,事業主の都合で安易に実施してはならないものです。

本来であれば,給付減額は,企業年金制度の廃止という事態を避けるための次善の策として,本当に“やむを得ない理由”がある場合に限って実施されるべきであり,いずれにせよ,安易に実施してはならないものなのです。

(3)企業年金の給付設計と「グループ区分」について

 上述の第2「3(2)ウ」のとおり,給付設計とは,退職一時金の割合,退職年金の給付利率等の規定のことをいいます。「グループ区分」することにより,1つの確定給付企業年金において,実施事業所毎に,異なる給付設計にすることができます(企業年金連合会用語集「グループ区分」)。

「グループ区分」とは「実施事業所毎に,給付設計を異にする規約を作成すること」です。

 ここで,使用者,資本,賃金体系が全く異なる,4つの事業所A,B,C,Dを考えてみます。

退職金の運用資金を大きくする,すなわち資産運用のスケールメリットを享受するためだけに,A,B,C,Dの事業主が,共同で,企業年金を設立したとします。

この場合,A,B,C,Dを同じ給付設計にすることも可能ですが,確定給付企業年金では,A,B,C,Dのそれぞれの実情等に合わせて,「グループ区分」を行い,

@ 事業所Aの給付設計: 給付利率が固定利率の確定給付企業年金のみにする,

A 事業所Bの給付設計: 給付利率が変動利率の確定給付企業年金のみにする,

B 事業所Cの給付設計: 給付利率が固定利率の確定給付企業年金と,確定拠出年金の併用にする,

C 事業所Dの給付設計: 給付利率が変動利率の確定給付企業年金と,確定拠出年金の併用にする,

というような,1つの確定給付企業年金において,全く異なる給付設計にすることが可能です。

 なお,このような形態をとっている企業年金の例として,ぜんこくDB企業年金基金(認可番号 厚生労働大臣認可 海基 第002841号)等があります。

(4)実施事業所毎が原理原則であることについて

上述の,法令や,実際の実務上の具体事例からも,「企業年金の実施・制度変更は,実施事業所毎の決定が,原理原則」であることは明らかです。

6 企業年金の形態と,企業年金基金,及び資産運用関係者の役割・職務・分担,及びそれに伴う責任について

(1)企業年金の形態について

確定給付企業年金には,

@ 規約型: 労使が合意した年金規約に基づき,運用・支給を行う企業年金(確定給付企業年金法第2節 規約の承認),

A 基金型: 母体企業とは別の法人格を持った基金を設立し,運用・支給を行う企業年金(確定給付企業年金法第3節 企業年金基金),

があります(厚生労働省「確定給付企業年金法の概要」)。

(2)企業年金基金について

企業年金基金とは,厚生労働大臣から認可を受けて,企業独自の給付をすることを目的に設立された,特別法人です。

そのため,企業年金基金の資産運用関係者である,事業主等(事業主及び基金),理事及び代議員は,確定給付企業年金法第19条及び第7章 行為準則の第69条乃至73条の規定に従って,加入者等(加入者,受給権者及び受給待機者)の利益を最優先にする旨,法令上の義務として定められています。

(3)資産運用関係者(事業主等,理事及び代議員)の役割・職務・分担,及びそれに伴う責任について

具体的な資産運用関係者の役割・職務・分担,及びそれに伴う責任については,厚生労働省「平成14年3月29日年発第0329009号 確定給付企業年金に係る資産運用関係者の役割及び責任に関するガイドラインについて(通知)」にも,事業主等は職務遂行,理事は管理運用業務の執行,代議員は議決に当たっては,「もっぱら加入者等の利益を考慮し,これを犠牲にして加入者等以外の者の利益を図ってはならない」旨,明記されています。

(4)企業年金基金の合併について

企業年金基金は,合併することができます。

これは,確定給付企業年金法の(基金の合併)第76条に規定されているとおり,各々企業年金基金の代議員の多数決による議決によって行われます。

加入者は一切関係ありません。

本来であれば,企業年金基金の合併と給付減額は,全く異なる問題であり,関係するはずが無いことなのですが,上述の第1「5」のとおり,本事件では,企業年金基金の合併も,争点の一つとなっています。

7 権利及び保護の規定について

上述の第2「3(3)オ」,及び第2「4(3)エ」のとおり,加入者の権利は保護されています。

当然のことですが,本事件の争点である,「企業年金の給付減額について,不同意の意見表明すること」は,“眞壁とし子個人に限定した,労働条件の不利益変更に対する,不同意の意見表明”ですから,企業年金の加入者としても,労働者としても,日本国民としても,他者の権利を一切侵害しておらず,公共の福祉にも一切反しておらず,保障された権利です(日本国憲法第12条)。

以下に,本事件に関係する権利及び保護に関係する法令を列挙します。

(1)日本国憲法

ア 幸福追求権

第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

イ 自由権

第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

ウ 生存権

第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

エ 勤労権

第27条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。

オ 団結権

第28条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

カ 財産権

第29条 財産権は、これを侵してはならない。

2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

(2)確定給付企業年金法施行規則の第3条第3項

3 確定給付企業年金を実施しようとする又は実施する厚生年金適用事業所の事業主は、当該事業主に使用される者が過半数代表者であること若しくは過半数代表者になろうとしたこと又は過半数代表者として正当な行為をしたことを理由として不利益な取扱いをしないようにしなければならない。

(3)確定拠出年金法施行規則の第2条第3項

3 企業型年金を実施しようとする厚生年金適用事業所の事業主は、当該事業主に使用される者が過半数代表者であること若しくは過半数代表者になろうとしたこと又は過半数代表者として正当な行為をしたことを理由として不利益な取扱いをしないようにしなければならない。

(4)労働基準法施行規則の第6条の2第3項

3 使用者は、労働者が過半数代表者であること若しくは過半数代表者になろうとしたこと又は過半数代表者として正当な行為をしたことを理由として不利益な取扱いをしないようにしなければならない。

(5)労働組合法の第7条第1号

(不当労働行為)

第7条 使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。

一 労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること。ただし、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない。

第3 「基金規約変更」と,「本件解雇」の解雇理由について

1 キヤノン電子企業年金基金及びその実施事業所について

(1)基金型の確定給付企業年金基金であることと,複数の実施事業所からなっていることについて

キヤノン電子企業年金基金は,基金型の確定給付企業年金です。

キヤノン電子株式会社,キヤノン電子労働組合の複数の実施事業所からなっています。

(2)キヤノン電子株式会社実施事業所について

加入者は,1700名以上です。

内1500名以上が,キヤノン電子労働組合の組合員です。

(3)キヤノン電子労働組合実施事業所について

加入者は,眞壁とし子1人だけです。

ですから,眞壁とし子が,キヤノン電子労働組合実施事業所の過半数代表者となるため,結果的に,眞壁とし子の決定が,キヤノン電子労働組合実施事業所の決定となります。

(4)キヤノン電子株式会社実施事業所,キヤノン電子労働組合実施事業所,各々,異なる給付設計にすることが可能であることについて

上述の第2「5(4)」のとおり,「企業年金の実施・制度変更は,実施事業所毎の決定が,原理原則」ですから,当然ながら,法令上,実務上,キヤノン電子株式会社実施事業所,キヤノン電子労働組合実施事業所を,各々,異なる給付設計にすることが可能です。

2 「基金規約変更」が給付減額であることについて

「基金規約変更」は,平成23年4月1日以後に発生した退職金に関して,新しい給付設計に変更する規約変更です。

新しい給付設計は,平成23年3月31日以前の給付設計を従来の給付設計,平成23年4月1日以後の給付設計を新規の給付設計としたとき,

@ 従来の給付設計: 給付利率が固定利率の確定給付企業年金のみ,

A 新規の給付設計: 給付利率が変動利率(現状,期待できる利率は,前項@の固定利率の半分以下です。)の確定給付企業年金と,確定拠出年金の併用,

ですので,上述の第2「5(2)ア」とおり,「基金規約変更」は給付減額を含む規約変更となります。

3 「基金規約変更」は「労使合意の変更」が理由であること,及び「基金規約変更」に“やむを得ない理由”がないことについて

(1)「基金規約変更」は「労使合意の変更」が理由であることについて

ア 平成23年(ラ)第1885号の抗告審における,キヤノン電子労働組合の「平成24年2月1日付準備書面(1)」の第3「3(3)」(11頁)の抜粋

ちなみに、2011年4月1日施行の本件年金基金の制度変更申請の減額理由は労働協約の変更である。

 前項アより「基金規約変更」の理由,すなわち,給付減額の理由は,「労使合意の変更」(確定給付企業年金法施行規則第5条第1号)であることは明らかです。

(2)「基金規約変更」に“やむを得ない理由”がないことについて

 「基金規約変更」に“やむを得ない理由”がないことについては,キヤノン電子企業年金基金の「平成22年7月22日付平成21年度決算概要」と,次項のキヤノン電子労働組合の主張から明らかです。

イ 「基金規約変更」の理由に関する,キヤノン電子労働組合の主張の抜粋

(ア)今回の制度改定の主旨は会社の経営状況や企業年金基金の運営状況を基にして退職年金制度改定を実施するのではない。

キヤノン電子労働組合の「平成23年1月13日付第1準備書面」の第3「2」(11頁以降)

(イ)今回の年金制度改定の趣旨の1つは、「労使でリスクを分担する」ということである。

キヤノン電子労働組合の「平成23年3月9日付第3準備書面」の第1「3」(6頁)

 したがって,「基金規約変更」の理由,すなわち,給付減額の理由に“やむを得ない理由”は存在しません。

4 キヤノン電子労働組合の「基金規約変更」に関する不当な対応について

眞壁とし子に対する,キヤノン電子労働組合の「基金規約変更」に関する不当な対応については,

@ 数年間も,キヤノン電子企業年金基金の業務概況の周知(確定給付企業年金法第73条)が未実施であり,法令違反していたこと,

A 「『基金規約変更』について,同意確認は不要」と通知し,給付減額の法令手続(確定給付企業年金法施行規則第6条)違反の通知をしたこと,

B 「キヤノン電子企業年金基金の財政方式は,賦課方式である」旨,説明したこと,

C 「キヤノン電子企業年金基金は,『基金規約変更』しないと,存立の危機にある」と説明したこと,

D 「『基金規約変更』しないと,賃金が減額される」と恐怖を煽る説明をしたこと,

E 「キヤノン電子企業年金基金とキヤノン企業年金基金の,2つの企業年金に,2重加入することになる」と法令違反の説明をしたこと,

F 眞壁とし子の質問に対して,不誠実な回答(「回答は控える」「分からない」「平成23年3月末までに回答とする」と回答し,実質,未回答。)をしたこと,

G キヤノン電子企業年金基金の平成20年度決算の支出額に関して,支出以外の内容を記載し,支出額を多く算出し,説明したこと,

H 前項Aの法令手続違反に関して,事実と反する説明を行い,釈明したこと,

I 「基金規約変更」の回答期限に関して,厚生労働省の通達と比較し,非常に短い,不当な要求したこと,

J 「基金規約変更」について,同意は必要・不要の説明が変遷したことについて,事実と異なる説明をしたこと,

K 「『基金規約変更』は,全て理解して同意するものではない」旨,説明し,同意を迫ったこと,

L 「『本件不同意』しても,話し合いを続けていく」と説明したにもかかわらず,その直後に,「本件解雇」に及んでいること,

M 「確定拠出年金を選択せずに,『1円も増額されない』一時金の選択もあるので,確定拠出年金制度の問題は全て解決された」と無責任な説明をしたこと,

と枚挙にいとまがありません。

特に,Cは,「本件解雇」の解雇理由とも密接に関係しますので,次項以降では,この点に注目しながら,本事件の問題について主張したいと思います。

5 キヤノン電子労働組合の「基金規約変更」の実施理由の説明の変遷について

(1)当初の説明について

ア キヤノン電子労働組合の当初の説明内容について

当初,キヤノン電子労働組合は,「キヤノン電子企業年金基金は,『基金規約変更』しないと,存立の危機にある」と説明しました。

これについては,キヤノン電子労働組合「平成22年10月9日付回答書」にも象徴的な主張がありますので,次項に抜粋します。

イ キヤノン電子労働組合「平成22年10月9日付回答書」の抜粋

現在の経済情勢下においては、企業年金基金財政が悪化することは火を見るより明らかであり、その事態を放置すれば母体企業への影響は勿論、企業年金基金そのものの存立にも影響を及ぼすことになることも十分予想されます。

(2)キヤノン電子企業年金基金等の財政状況が良好である,客観的事実を示したことについて

ア キヤノン電子企業年金基金の「平成22年7月22日付平成21年度決算概要」

キヤノン電子企業年金基金は,財政状況は,非常に良好です。非常に大きい運用利益が出ており,余剰金すら発生しています。

決算概要の解説にも,掛金を上げる必要もなく,財政状況に問題ない旨,記載されています。

具体的な収入額,支出額,運用収益率の開示については,現在,検討中です。

イ キヤノン電子株式会社の「有価証券報告書(第71期:平成21年1月1日〜平成21年12月31日)」

キヤノン電子企業年金基金の,最大の母体企業であるキヤノン電子株式会社も,平成21年(第71期)有価証券報告書から明らかなように,

@ 平成19年度は,24億8200万円,

A 平成20年度は,24億5200万円,

B 平成21年度は,16億3400万円,

の配当を出しており,財政状況は,極めて良好です。

ウ キヤノン電子労働組合の財政状況について

キヤノン電子労働組合の財政状況も,平成18年9月の退職勧奨(詳しくは,MyNewsJapan「キヤノン電子と労組が社員にイジメ 一時金大幅カット、隔離部屋に島流し」)により,3名いた専従書記は,眞壁とし子1名に減り,人件費は大幅に減少しました。

一方,組合員は増加し続けていますので,キヤノン電子労働組合の財政状況も,全く問題がありません。

エ 当時の企業年金の状況を報じる新聞記事について

以下の,当時の企業年金の状況を報じる新聞記事からも,「本件解雇」当時,いわゆるリーマン・ショックを発端とされる世界的な金融危機の影響から脱し,既に,平成21年度の年金資金の運用が大きく改善していたことは明らかです。

(ア)平成22年4月7日付日本経済新聞(1面)

企業年金の運用状況が改善された旨,記事にされています。

(イ)平成22年4月24日付日本経済新聞(1面)

企業年金の運用利回りが改善された旨,記事にされています。

(3)前項(2)の客観的事実を受け,キヤノン電子労働組合の主張が一転したことについて

ア キヤノン電子労働組合の「平成23年1月13日付第1準備書面」の第3「2」(11頁以降)の抜粋

今回の制度改定の主旨は会社の経営状況や企業年金基金の運営状況を基にして退職年金制度改定を実施するのではない。

イ キヤノン電子労働組合の「平成23年3月9日付第3準備書面」の第1「3」(6頁)の抜粋

(ア)今回の年金制度改定の趣旨の1つは、「労使でリスクを分担する」ということである。

(イ)年4.5%という運用利益を期待どおりに得られなくなったので、「年金の利息分」を少なくするというもので、年間の支払額が減少することはやむを得ないことである。

(4)キヤノン電子労働組合の「基金規約変更」の実施理由の説明の変遷内容について

 上述のとおり,キヤノン電子労働組合は,平成22年10月29日に「本件解雇」するまで,「給付減額を伴う規約変更をしなければならない理由」を

「『基金規約変更』しなければ,キヤノン電子企業年金基金の存立にかかわる」

と説明していたにもかかわらず,キヤノン電子企業年金基金等の財務状況の客観的事実を突きつけられると,「給付減額を伴う規約変更をしなければならない理由」を

「キヤノン電子株式会社の経済的なメリットがなくなったため」

と全く異なる説明に変更しています。

 したがって,キヤノン電子労働組合は,確定給付企業年金法施行規則の第5条に規定された「給付減額を伴う規約変更をしなければならない理由」について,

「キヤノン電子株式会社の経済的なメリットがなくなったため,労使合意を変更したい」

という本当の理由を隠し,「『基金規約変更』しなければ,キヤノン電子企業年金基金の存立にかかわる」という説明を繰り返しており,このような不誠実な説明は断じて許されることではありません。

 なお,前項「(3)イ(イ)」のとおり,キヤノン電子労働組合は「年4.5%という運用利益を期待どおりに得られなくなった」と主張していますが,事実は全く異なります。

「本件解雇」当時の,最新のキヤノン電子企業年金基金の決算概要では,前記基金の運用収益は,4.5%を遥かに超す運用利率でした。

具体的な数値については,現在,公開の検討中なので伏せますが,当時の新聞記事にあるように,「東芝の運用利率は20%」ということからも,推して知るべし,です。

つまり,キヤノン電子労働組合は,加入者のみならず,裁判所に対しても,客観的な事実さえ無視して,平然と,事実と異なる主張ばかり続けているのです。

6 「本件不同意」の効果,及び「本件不同意」によって権利が侵害される者は一人もいないことについて

(1)「本件不同意」の効果について

ア キヤノン電子労働組合実施事業所では,「基金規約変更」を実施できないことについて

法令上,「本件不同意」である限り,「基金規約変更」の対象の実施事業所に,キヤノン電子労働組合実施事業所を含めることはできません。

つまり,「本件不同意」である以上,キヤノン電子労働組合実施事業所の加入者の給付減額…眞壁とし子の給付減額…すなわち,眞壁とし子の労働条件の不利益変更をすることはできません。

ようするに,眞壁とし子の年金額は“従来の給付額を維持する”というだけなのです。彼女の年金額が上がるわけではありません。

イ キヤノン電子株式会社実施事業所では,「基金規約変更」を実施できることについて

キヤノン電子株式会社実施事業所は,「基金規約変更」に賛成していますので,「基金規約変更」の対象の実施事業所に,キヤノン電子株式会社実施事業所を含めることに,何ら問題は発生しません。

すなわち,キヤノン電子株式会社実施事業所では,「基金規約変更」を実施できます。

上述の第2「5(4)」のとおり,確定給付企業年金の原理原則は,実施事業所毎の実施・制度変更ですから,使用者,資本が全く異なる実施事業所の意見が,他の実施事業所に影響を与えることは一切ありません。

すなわち,キヤノン電子労働組合実施事業所の「基金規約変更」に対する不同意の決定は,キヤノン電子株式会社実施事業所の「基金規約変更」に対する同意の決定には,何ら影響を与えないのです。

(2)「本件不同意」によって権利が侵害される者は一人もいないことについて

以上から,「本件不同意」は,キヤノン電子労働組合実施事業所の,唯一の加入者である,眞壁とし子の年金額についてのみ,従来の給付額を維持するだけの効果しかないことは明らかです。

したがって,「本件不同意」により,他者の権利が侵害されることは一切ありません。

かつ,「本件不同意」は,公共の福祉にも一切反していません。

「本件不同意」は,法令上,キヤノン電子労働組合実施事業所の,唯一の加入者である,眞壁とし子にしか影響を与えないのです。

それゆえに,「本件不同意」によって権利が侵害されるものは一人もいないのです。

7 「本件不同意」の理由について

(1)説明不足であること

上述の第3「4F」のとおり,キヤノン電子労働組合は,眞壁とし子の質問に対し,「回答は控える」「分からない」「平成23年3月末までに回答とする」と回答したまま,結局,全く回答しませんでした。

「平成22年10月14日付通知書」にも,「本件不同意」の理由として,その旨,記載しています。

(2)給付減額に“やむを得ない理由”が全く無いこと

上述の第3「3」第3「5(2)」のとおり,「基金規約変更」を実施しなければならない“やむを得ない理由”は,一切存在しません。

これについては,キヤノン電子労働組合も,上述の第3「3(2)イ」第3「5(3)」のとおり,

・ 今回の制度改定の主旨は会社の経営状況や企業年金基金の運営状況を基にして退職年金制度改定を実施するのではない。

・ 今回の年金制度改定の趣旨の1つは、「労使でリスクを分担する」ということである。

と主張しているとおりです。

(3)企業年金は,実施事業所毎に実施されること

上述の第2「2」第2「5(4)」のとおり,企業年金は,実施事業所毎に,実施されますので,実施事業所毎の決定は尊重されなければなりません。

(4)「本件不同意」にかかわらず,他の実施事業所では,給付減額の規約変更は可能であること

上述の第2「5(3)」のとおり,「グループ区分」によって,問題なく,他の実施事業所では,給付減額の規約変更は可能です。

したがって,「本件不同意」は,他者の権利を一切侵害していません。当然ながら,公共の福祉にも一切反していません。

(5)厚生労働省が公告する承認又は認可に必要な「標準処理期間」に対して,キヤノン電子労働組合が課した回答期限は,短すぎて不適切なこと

 キヤノン電子労働組合は,当時,平成23年4月1日施行予定であった「基金規約変更」に関して,平成21年12月25日に「眞壁とし子の同意確認を行わない」と法定手続違反の通知をし,8ヶ月以上も,全く説明を行わなかったにもかかわらず,突然,平成22年9月20日に「眞壁とし子の同意確認が必要なので,平成22年10月15日までに同意してほしい」と,僅か26日以内に同意しなさい,と同意を迫りました。

当然ながら,法定手続違反も重大な問題ですが,平成23年4月1日施行予定であったにもかかわらず,それよりも5ヶ月以上も前の,平成22年10月15日までに,同意を迫ること自体,重大な問題です。

 なぜなら,厚生労働省「平成14年3月29日年企発第0329003号 年運発第0329002号 確定給付企業年金の規約の承認及び認可の基準等について」の3「(2)標準処理期間」には,

「前記(1)の承認又は認可の申請等についての標準処理期間は2ヶ月とすることから、当該申請にあたっては、規約の適用日のおおむね2ヶ月前までに行うものであること。」

との記載があるからです。「標準処理期間」に従えば,施行予定日の2ヶ月前までに,同意確認を行えば良いことになります。

 「基金規約変更」の場合は,平成23年4月1日施行予定でしたから,平成23年2月1日までに,同意確認を行えば良いことになります。

しかし,それではあまりにも遅すぎるという考え方もあるでしょうから,常識で考えれば,平成22年12月末までに同意確認すれば,全く問題ありません。

したがって,それよりも2ヶ月以上も早い,平成22年10月15日までに同意を迫り,「本件不同意」すれば,直ちに,懲戒による「本件解雇」するというのでは,もはや,あまりに無茶苦茶なのです。

(6)キヤノン電子労働組合は,平成22年10月15日までに,「本件不同意」しても,話し合いは続けると,説明したこと

 平成22年10月8日に,キヤノン電子労働組合は,眞壁とし子に,平成22年10月15日までに,同意の確認を迫りましたが,その際,「本件不同意」しても,

・ 「本件不同意」ということであっても,その不同意理由について,再度,回答した上で,話し合いを続けていく,

・ 「本件不同意」としても,同意してもらいたいので,平成22年10月15日以降も話し合いを続けていく,

と「今後も話し合いを続ける」旨,説明していました。

 しかし,実際には,平成22年10月14日に,質問に全く回答していないことから説明不足を理由に「本件不同意」を通知すると,キヤノン電子労働組合は,「本件解雇」に及んでいます。

キヤノン電子労働組合は,眞壁とし子を騙しており,当該対応は,極めて,不誠実並び不当という以外,他なく,到底許されるものではありません。

(7)年間120万円以上も賃金を減額されていたため,老後の生活資金のことを考えると,“やむを得ない理由”がない以上,給付減額が絶対に認められないこと

8 「本件解雇」の解雇理由の変遷について

(1)当初の解雇理由について

上述の第1「5」のとおり,キヤノン電子労働組合は,

@ 「本件不同意」により,キヤノン電子株式会社実施事業所においても「基金規約変更」が実施不可能になる,

A 「本件不同意」により,キヤノン電子企業年金基金とキヤノン企業年金基金の合併が不可能になる,

と主張し,これを最大の解雇理由としています。

このことは,次のキヤノン電子労働組合の答弁書及び準備書面の抜粋からも明らかです。

(2)キヤノン電子労働組合の答弁書及び準備書面の抜粋

ア キヤノン電子労働組合「平成22年12月22日付答弁書」の抜粋

(ア)上記答弁書の第2「12」(5頁)

債務者労働組合の本件解雇の理由は、(省略)組合の専従書記が、ただ一人となっていることで、規約改正が不可能となる本件のような場合に、同意しないとする行為は、専従書記の地位の限界を逸脱する行為であるからであり、ひいて債権者は債務者の専従書記として労働することが適切ではない

(イ)上記答弁書の第3「1」(5頁以降)

債務者労働組合の本件解雇の理由は、(省略)組合の専従書記が、ただ一人となっていることで、規約改正が不可能となる本件のような場合に、同意しないとする行為は、専従書記の地位の限界を逸脱する行為であるからであり、いわば、債務者労働組合の組合員の為に奉仕すべき存立目的に反する本件債権者の行為、及び全代議員が賛成する行為に敵対する行為は、本件労働組合に雇用されている者の、採り得る権限を逸脱しているからである。要するに、債務者労働組合の雇用主である組合員に対する敵対行為をする者は本件債務者労働組合の被雇用者としては不適切だということである。

(ウ)上記答弁書の第4「1」(7頁)

債務者労働組合が債権者を解雇せざるを得なかった最大の理由は、(省略)、その奉仕すべき組合の専従書記が、ただ一人となっていることで、規約改正が不可能となる本件のような場合に同意しないとする行為は、(省略)、債務者労働組合に雇用されている者の、採り得る権限を逸脱しているからである。要するに、債務者労働組合の雇用主である組合員に対する敵対行為をする者は債務者労働組合の被雇用者としては不適切だということである。

(エ)上記答弁書の第4「2」(8頁)

前述したように、給付減額にあたっては、実施事業所ごとの同意が必要であるが、申立外キヤノン電子の加入者については、債務者労働組合が同意している。しかし、実施事業所である債務者労働組合については、被用者は債権者1名であり、債権者の同意が得られないために、年金制度の改定は不可能となっているのである。

(オ)上記答弁書の第4「7」(15頁)

しかるところ、債権者が同意しないため、実施事業所の1つである債務者労働組合の同意が得られないことになり、新制度の2011年4月1日からの実施が不可能な状態になっており、年金制度の改定が先送りになり、基金の財政悪化が拡大するおそれが大きい。

(カ)上記答弁書の第4「7」(16頁)

債務者労働組合にとって、年金制度の改定については組合員の同意を得ているにもかかわらず、自らが雇用している債権者1人の同意が得られないことにより、年金制度の改定ができないということは、組合員の現在及び将来の生活を守るべき立場に反することになるため、やむなく債権者を解雇したのであって、本件解雇は正当である。

イ キヤノン電子労働組合「平成23年1月13日付第1準備書面」の抜粋

(ア)上記第1準備書面の第3「2」(14頁以降)

債権者は組合員に雇われている身にありながら、この制度改定に反対することは、債務者組合に属する組合員が同意し将来に渡り退職年金制度を安定した制度とすべき改定を根本から破壊する行為であり、許されるべき行為ではないと考える。なぜならば債務者組合の専従書記は現在債権者一人となっており、この一人が反対することで退職年金制度改定が不可能となる事を考えると債権者は専従書記の地位の限界を逸脱している行為であると考える。(省略)反対している債権者ただ一人のために、今回の退職年金制度の改定が行うことができず、ひいては、申立外会社の親会社との退職年金制度の統合ができないとするならば、大変な事態である。そこで、債務者組合としては、あくまで、債権者が反対してやまない以上、やむなく解雇とせざるを得ない状況となり、解雇したものである。

(3)当初の解雇理由の問題について

ア 「『本件不同意』により,キヤノン電子株式会社実施事業所においても『基金規約変更』が実施不可能になる」旨の解雇理由の問題について

上述の第2「5(3)」第3「6」のとおり,「グループ区分」によって,キヤノン電子労働組合実施事業所とキヤノン電子株式会社実施事業所は,異なる給付設計にすることは可能であるため,「本件不同意」に関係なく,キヤノン電子株式会社実施事業所において「基金規約変更」が実施可能ですので,当該解雇理由は,法令上,実務上,間違っています。

単純に考えれば,キヤノン電子労働組合の企業年金に関して,“不勉強”による誤解が原因です。

実際のところとしては,上述の退職勧奨に始まる,一連の退職強要の延長であると考えられますが,今回は企業年金の問題に焦点を合わせていますので,この点について割愛させて戴きます。

イ 「『本件不同意』により,キヤノン電子企業年金基金とキヤノン企業年金基金の合併が不可能になる」旨の解雇理由の問題について

上述の第2「6(4)」のとおり,企業年金基金の合併は,各々の企業年金基金の代議員の問題であり,単に加入者に過ぎない眞壁とし子には全く関与できない問題です。

したがって,「本件不同意」に関係なく,キヤノン電子企業年金基金とキヤノン企業年金基金の合併は可能ですので,当該解雇理由は,法令上,実務上,間違っています。

(4)「グループ区分」により,「本件不同意」に関係なく,キヤノン電子株式会社実施事業所において「基金規約変更」が実施可能であることを主張した後の,キヤノン電子労働組合の主張の変改について

ア キヤノン電子労働組合の主張の変改について

眞壁とし子は,「グループ区分」により,「本件不同意」に関係なく,キヤノン電子株式会社実施事業所において「基金規約変更」が実施可能であることを主張しました。

すると,キヤノン電子労働組合は,「グループ区分」により,「本件不同意」に関係なく,法令上,実務上,「基金規約変更」が実施可能であることは認めた上で,次項の理由を挙げて,眞壁とし子の当該主張は,実現不可能な机上の空論なので,「本件不同意」は,眞壁とし子の権利の濫用である,と主張しました。

ただし,次項の理由は,キヤノン電子労働組合が,それまで一度も主張したこともない主張です。

イ キヤノン電子労働組合の「平成23年4月25日付第4準備書面」の抜粋

(ア)上記準備書面の第1「4」(3頁以降)の抜粋

債務者組合の専従書記のみが有利な結果になることに同意することを意味しており、およそ組合員の納得を得られるものではなく、組合員のために存在する債務者組合としては同意できるものではない。

(イ)上記準備書面の第1「5」(3頁以降)の抜粋

債権者の考えは、他人の負担による自分の利益だけを考えているもので、本件年金制度改定の趣旨を否定するもので、しかも組合員の福祉のために機能すべき労働組合の専従書記の態度としては絶対に採ってはならない態度であり、債権者の年金制度改定に反対することは、いかに確定給付企業年法により認められているとはいえ、その偶然に手にしたともいえる権利を行使することは権利の濫用に該当する。

(5)キヤノン電子労働組合の変改された主張の問題について

 キヤノン電子労働組合の主張「他人の負担による自分の利益だけを考えている」が,極めて手前勝手な主張であることについて

(ア)まず,キヤノン電子労働組合の主張には,「他人の負担による自分の利益だけを考えている」との主張がありますが,上述の第2「1(2)」第2「3(3)ア」のとおり,当該主張は,確定給付企業年金が「事前積立方式」(年金受給者自身が,現役時代の加入者の時に積み立てた年金資金で,自らの年金を支給する,年金資金の積立方式。)であることを全く無視した主張であり,全くの失当です。

当然ながら,厚生労働省もそのような見解を発表したことは一度もありませんし(国民年金に関しては,国民年金は「賦課方式」であるため,受給者の増加を,年金財政の悪化の理由として挙げたことはあります。),キヤノン電子労働組合の当該主張と同様の見解を発表する,企業年金の専門家も一人もいないと思われます。

「事前積立方式」は,費用負担を自己に関する掛金で完結する方式ですから,キヤノン電子労働組合の主張「他人の負担による自分の利益だけを考えている」と考えること自体おかしいのです。

(イ)「事前積立方式」の場合は,基礎率(予定利率・予定死亡率等)の設定と実態との乖離により,積立不足が発生しますが,それは事業主が通常掛金の拠出額を抑え,リスクの高い運用利益に依存した結果です。

一方,キヤノン電子労働組合の主張「他人の負担による自分の利益だけを考えている」とは,言い換えれば,「企業年金の積立不足分については,事業主としては,事業主の責任として特別拠出等で補うのではなく,加入者の負担で賄うつもりである」旨の主張です。

当該主張は,上述の第2「6(2)」第2「6(3)」の資産運用関係者の行為準則「もっぱら加入者等の利益を考慮し,これを犠牲にして加入者等以外の者の利益を図ってはならない」に全く反しています。

したがって,当該主張は,事業主の利益のみ考えた,極めて手前勝手な主張という他ありません。

(ウ)結局のところ,キヤノン電子労働組合の当該主張は,キヤノン電子労働組合の,企業年金の制度に対する無理解・誤解の著しさを露呈しているに過ぎないのです。

 さて,本題に移ります。

キヤノン電子労働組合の主張は,簡単に言えば,

「『グループ区分』等によって,他の実施事業所では『基金規約変更』を実施できるとしても,『本件不同意』によって眞壁とし子だけ年金額が減額されないのは,キヤノン電子労働組合に雇われている身分である以上,権利の濫用である」

というものです。

(ア)一般的に,権利の濫用(民法第1条第3項)とは,「形式的には,正当な権利の行使に見えるが,その具体的事情を考慮すると,当該権利の行使は,社会性に反するため,正当な権利行使と認められない行為」を意味します。

したがって,権利の濫用の要件は,

@ 主観的要件: 他人を害する目的で権利を行使するという

A 客観的要件: 権利の行使によって生ずる,権利行使者の受ける利益と,相手方または社会全体の受ける不利益との,比較衡量,

となります。

権利の濫用であるか否かを判断するにあたり,@の主観的要件は不可欠ではなく,Aの客観的要件を中心に判断することが,判例の主流となっています。

(イ)上述の第3「1(4)」のとおり,「本件不同意」は,“眞壁とし子個人に限定した,労働条件の不利益変更に対する,不同意の意見表明”です。

かつ,上述の第3「7」のとおり,「本件不同意」を保障する,権利及び保護の規定もあります。

ましてや,上述の第3「6」のとおり,「本件不同意」は,キヤノン電子労働組合実施事業所の,唯一の加入者である,眞壁とし子の年金額についてのみ,従来の給付額を維持するだけの効果しかありません。

したがって,「本件不同意」により,他者の権利が侵害されることは一切ありません。かつ,「本件不同意」は,公共の福祉にも一切反していません。

「本件不同意」は,キヤノン電子労働組合実施事業所の,唯一の加入者である,眞壁とし子にしか影響を与えませんので,他人を害する目的で権利を行使できるはずがありません。

 キヤノン電子労働組合の当該主張を言い換えれば,「眞壁とし子だけ従来の給付額を維持することは,給付減額に賛成した,キヤノン電子労働組合の組合員が妬むだろうから,『本件不同意』は権利の濫用である」というものですから,既に,何が権利の濫用であるのかさえ,さっぱり理解できません。

この考え方は,上述の第2「5(4)」の,「企業年金の実施・制度変更は,実施事業所毎の決定が,原理原則」ということにも反しています。

 それどころか,上述の第3「8(2)」のとおり,当初,キヤノン電子労働組合は,「『本件不同意』により,キヤノン電子株式会社実施事業所においても『基金規約変更』が実施不可能になる」ことが最大の解雇理由であると何度も主張していたのですから,突然,それまで一度も主張したこともない「『グループ区分』等によって,他の実施事業所では『基金規約変更』を実施できるとしても,『本件不同意』によって眞壁とし子だけ年金額が減額されないのは,キヤノン電子労働組合に雇われている身分である以上,権利の濫用である」と変改された主張をすること自体,「本件解雇」当時,使用者であるキヤノン電子労働組合が,全く認識していなかった非違行為の存在をもって,「本件解雇」の有効性を根拠づけようとしている,ことに他なりません。

 この問題については,「平成8年(オ)第752号 最高裁判所第一小法廷 平成8年9月26日判決 山口観光事件」(以下,「山口観光事件」という。)において,既に,明確な判例が確立されています。

具体的には,「山口観光事件」に関し,最高裁判所は,

使用者が労働者に対して行う懲戒は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課するものであるから、具体的な懲戒の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。したがって、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないものというべきである。

と判示しています。

「山口観光事件」に準じれば,懲戒処分の実施時に,使用者が認識していなかった行為を,後から主張して,当該懲戒処分の有効性の根拠にすることは,特段の事情のない限り,許されないことです。

当然ながら,上記最高裁判例の考え方,すなわち「当時,認識していなかった行為を,有効性の根拠づけとすることはできない」という考え方は,懲戒に限らず,いかなる場合においても,普遍的に適用されるべき考え方です。

 そもそも,「本件不同意」は,

・ 労働条件の不利益変更に対する不同意の意見表明に過ぎず,

・ 他者の権利も一切侵害しておらず,

・ 公共の福祉にも一切反していない,

意見の表明ですから,これを非違行為と捉えて,「本件解雇」の根拠とすること自体,誰の目から見ても,暴論です。

 以上から,キヤノン電子労働組合の主張「『グループ区分』等によって,他の実施事業所では『基金規約変更』を実施できるとしても,『本件不同意』によって眞壁とし子だけ年金額が減額されないのは,キヤノン電子労働組合に雇われている身分である以上,権利の濫用である」は,極めて不当な主張です。

第4 さいたま地方裁判所秩父支部の飯塚宏裁判官の決定について

1 さいたま地方裁判所秩父支部の飯塚宏裁判官の「本件不同意」の争点に関する決定(原審決定)について

飯塚宏裁判官は,「本件解雇」のうち,「本件不同意」の争点について,

「『グループ区分』等によって,他の実施事業所では『基金規約変更』を実施できるとしても,『本件不同意』によって眞壁とし子だけ年金額が減額されないのは,キヤノン電子労働組合に雇われている身分である以上,権利の濫用である」というキヤノン電子労働組合の主張は合理的と判断できるので,「本件不同意」は,権利の濫用である,

旨,判断しています。

2 原審決定の問題について

原審決定は,上記原審決定以外においても,およそ,まともな決定の体をなさない,「結論先にありき」の決定という以外になく,直ちに取り消されるべきなのですが,「本件不同意」の争点以外の,他の争点に関する原審決定の問題については割愛させていただいて,上記原審決定の問題に絞り,以下に主張することにします。

ただし,権利の濫用については,更に,後項の第5においても詳論します。

(1)最大の解雇理由の変遷について何ら判断していないことについて

 最初,キヤノン電子労働組合は,

@ 「基金規約変更」しなければ,企業年金,母体企業が破綻する可能性がある,

A 「本件不同意」により,キヤノン電子株式会社実施事業所で「基金規約変更」できない,

B 「本件不同意」により,キヤノン企業年金基金と合併もできない,

と主張していました。

 しかし,眞壁とし子が,

@ キヤノン電子企業年金の財政状況は極めて良好である,

A 「本件不同意」に関係なく,キヤノン電子株式会社実施事業所で「基金規約変更」は実施できる,

B キヤノン企業年金基金との合併に,代議員でない眞壁とし子は一切関係ない,

と主張すると,次項のとおり,キヤノン電子労働組合の主張は一変しました。

 キヤノン電子労働組合は,

@ 企業年金基金の財政状況等を基にして「基金規約変更」を実施するのではない,

A 「基金規約変更」の趣旨は,労使でリスクを分担することである,

B 組合員が給付減額されるのに,雇われている身分の眞壁とし子が給付減額されないことは,権利の濫用である,

と「本件解雇」時に,キヤノン電子労働組合が“全く”認識していなかった主張に変更しました(第3「5(3)」)。

 上述の「山口観光事件」の「懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為の存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることは,特段の事情のない限り,許されない。」という判例に照らすと,キヤノン電子労働組合の変改された主張は,解雇理由としては失当であり,この点をもってしても,「本件解雇」は無効にされるべきです。

 そうであるにもかかわらず,原審決定では,キヤノン電子労働組合の変改された前記主張を,解雇理由として認め,採用しています。

すなわち,「本件解雇」時に認識していなかった内容を,解雇の根拠として,有効である,と判断しているのです。

(2)企業年金の加入者の権利及び保護の規定について何ら判断していないことについて

企業年金の加入者の権利及び保護の規定については,上述の第3「7」において主張したとおりですが,原審では,企業年金の加入者の権利及び保護の規定については,一切言及せず,何ら判断していません。

(3)キヤノン電子労働組合は,「基金規約変更」に「本件不同意」しても,今後も話し合いを続けると説明したにもかかわらず,「本件解雇」に及んでいることついて何ら判断していないことについて

 上述の第3「7(6)」のとおり,キヤノン電子労働組合は,平成22年10月15日までに「本件不同意」しても,

・ 「本件不同意」ということであっても,その不同意理由について,再度,回答した上で,話し合いを続けていく,

・ 「本件不同意」としても,同意してもらいたいので,平成22年10月15日以降も話し合いを続けていく,

と眞壁とし子に説明しました。

眞壁とし子は,その説明の約束を,真に受けて,「平成22年10月14日付通知書」で,次項のとおり,通知しました。

イ 「平成22年10月14日付通知書」の抜粋

規約変更については,通知人の重要な財産についての変更ですので,十分に話し合いをし,制度の変更点を十分に理解した上で,同意・不同意の回答をすべきであると考えており,貴組合の同年10月15日期限の申し入れについては不適切であると考えていることについては,2010年10月4日付質問書で通知したとおりです。

貴組合が,通知人に,規約変更について,同意・不同意の確認を行っている以上,民法第1条第2項の信義則にもとづき,規約変更についての十分な説明の義務を負っているにもかかわらず,現時点では,2009年12月7日付質問書の質問事項についてさえ,いまだに答えていただいていません。

通知人は,貴組合実施事業所における加入者の代表者としての立場もあり,将来の貴組合実施事業所における加入者のことを考え,判断する責任もあります。

したがって,貴組合の説明義務が全く果たされていない以上,貴組合が,通知人に,同意・不同意を確認する以前の問題が解決されていない状態でありますので,通知人としては,キヤノン電子企業年金基金の規約変更について不同意せざるを得ない状態にいます。

 しかし,キヤノン電子労働組合は,当該説明の約束を反故にし,「本件解雇」に及んでいます。

キヤノン電子労働組合は,眞壁とし子を騙しており,当該対応は,極めて,不誠実並び不当という以外,他なく,到底許されるものではありません。

しかしながら,そのようなキヤノン電子労働組合の当該対応について,原審決定は,全く無視し,何ら判断していません。

(4)経済的な実情について何ら判断していないことについて

 上述の第3「7(7)」のとおり,平成18年9月の退職勧奨以降,退職強要の1つとして,眞壁とし子は年間120万円以上も賃金を減額されていました。そのため,老後の資金も貯蓄できない状態にありました。

しかも,基本給の減額の申入れもされていて,眞壁とし子の賃金が増額される可能は全くありませんでした。

定年以降は,年金以外に収入の手段も無いため,老後の生活資金のことを考えると,“やむを得ない理由”がなければ,「基金規約変更」は絶対に認められない状態でした。

 また,年間120万円以上の賃金減額ということは,眞壁とし子と,同世代の組合員の平均的な賃金を比較した場合,組合員と眞壁とし子の間には,年間120万円以上の賃金格差があったということなのです。

 しかし,原審決定では,組合員と眞壁とし子の間の,年間120万円以上の賃金格差は全く考慮せず,眞壁とし子の経済状況も,他の組合員と同様に考えて,

「仮に債権者(省略)が60歳の定年まで稼働したとして,(省略),本件年金制度改定による影響は比較的小さい」

と「基金規約変更」による眞壁とし子の不利益の程度は軽微と断定し,経済的な実情に基づく「本件不同意」を,権利の濫用と判断しています。

(5)権利濫用の判断にあたって,権利行使者の受ける利益と相手方の受ける不利益の,整理・比較衡量という基本的な過程すら踏まず,一方的に,「本件不同意」は眞壁とし子の権利濫用と判断していることについて

ア さいたま裁判所秩父支部 飯塚宏裁判官「平成23年9月7日付決定」の第3「3 オ」(48頁)の抜粋

本件年金制度改定による影響は比較的小さいことなどを併せ考えれば、債務者労働組合の組合員が構成する代議員の全員が退職年金制度改革に賛成しているにもかかわらず、債権者のみが自らの不利益等を理由に同意しないことは、債権者が債務者労働組合の被用者である専従書記という立場にあることに照らすと、権利の濫用であると認めるのが相当である(本件解雇理由2)。

イ 権利行使者の受ける利益(眞壁とし子の利益)と相手方の受ける不利益(キヤノン電子労働組合の不利益)の整理

(ア)上述の第3「8(5)ウ」から,権利の行使によって生ずる,権利行使者の受ける利益と,相手方または社会全体の受ける不利益との,比較衡量の客観的要件について,整理する必要があります。

したがって,権利の濫用を判断するにあたり,

@ 権利行使者の受ける 利益: キヤノン電子労働組合実施事業所(眞壁とし子)の      利益,

A 相手方の受ける  不利益: キヤノン電子株式会社実施事業所(キヤノン電子労働組合)の不利益,

を明らかにする必要があります。

その後,各々の利益・不利益を,比較衡量して,権利の濫用であるか否か判断すべきです。

(イ)上述の第3「6」のとおり,「本件不同意」の効果は,眞壁とし子の年金額が“従来の給付額を維持する”…すなわち,眞壁とし子の労働条件が不利益変更されない,という効果でしかありません。

キヤノン電子株式会社実施事業所は,何の影響も受けません。

したがって,上述の第3「7」第3「7(4)」第3「8(5)ウ」第3「8(5)キ」で何度も主張したとおり,「本件不同意」は,

・ 他者の権利を,一切侵害しない,

・ 公共の福祉に,一切反しない,

ということなります。

(ウ)これより,各々の利益・不利益は,

@ 眞壁とし子の      利益: 従来の給付額の維持,労働条件の不利益変更なし,

A キヤノン電子労働組合の不利益: なし,

と整理できます。

上述の第3「8(5)ウ」の,権利の濫用の主観的要件についても,影響を与える相手が存在しない以上,主観的要件が存在するはずもありません。

ウ 権利行使者の受ける利益(眞壁とし子の利益)と相手方の受ける不利益(キヤノン電子労働組合の不利益)の比較衡量

(ア)前項「イ」より,「本件不同意」の権利行使者である眞壁とし子の利益は,従来の給付額の維持,労働条件の不利益変更なし,すなわち,現状維持です。

一方,相手方であるキヤノン電子労働組合の不利益は,一切ありません。

そもそも,「本件不同意」に関して,上述の第3「8(5)ウ」の,権利の濫用の主観的要件及び客観的要件について,比較衡量を必要とするか否かさえ疑問です。

なぜならば,加害目的のない社会的弱者の権利行使は,権利の濫用にならないことは,明らかなためです。

年間120万円以上も賃金を減額され,老後の資金も貯蓄できない状態にある労働者が,労働条件の不利益変更の反対,すなわち,単なる労働条件の現状維持のために,権利を行使することは,加害目的のない社会的弱者の権利行使であることは,誰の目にも明らかであるためです。

(イ)上述の第2「1(1)」のとおり,企業年金は,退職金の分割支払いであって,また,上述の第2「1(2)」のとおり,その資金は“年金受給者本人が,現役時代から,自ら貯蓄しておいた”退職金ですから,加入者であった,労働者に支払われるべき,正当な後払いの賃金です。

したがって,企業年金の給付減額は,労働条件の不利益変更になります。

かつ,上述の第2「1(1)ア」のとおり,厚生労働省の事務次官も,「そうだとすると、労働条件の不利益変更法理があるわけです。」と記者会見で発言していることからも,企業年金の給付減額が,労働条件の不利益変更であることは明らかです。

エ 原審決定の問題について

以上のとおり,原審決定では,権利濫用を論じるに当たり,権利の濫用の要件の,比較衡量どころか,整理さえしていません。

権利濫用を判断しているにもかかわらず,そのために必要なことを,何一つ行っていないのです。

すなわち,原審決定は,何の根拠も無く,一方的に,「本件不同意」は眞壁とし子の権利濫用と断定しているに過ぎないのです。

第5 佐藤昭夫早稲田大学名誉教授(法学博士)の「意見書」について

以上,上述の内容及び本事件の最重要な争点に関する,原審決定の問題について,早稲田大学名誉教授であり,法学博士である,佐藤昭夫氏が,端的に,的確に,しかも平易に,「意見書」としてまとめられていますので,ぜひ,こちらをお読みください。

この意見書をお読みいただき,必要に応じて,上述の対応部分を確認して戴ければ,本事件の最重要な争点に関する,原審決定の問題を,容易に理解できると思います。

以下では,司法の任務,及び上述の第4「2(2)及び(5)」の権利の濫用について,まとめられている部分がありますので,これを引用し,原審決定の問題を,より明らかにします。

1 平成23年12月14日付意見書(7頁以降)の引用

第1 なぜ本意見書を提出するか

かつて、フランス、ポントワーズ大審裁判所所長のピエール・リオン=カーン氏は、日本民主法律家協会及び日本弁護士連合会の招きで来日しての講演で、「裁判官の任務とは最も弱い者の権利を完全に守り、最も強い者たちを共通のルールに従わせ、かつ現行憲法典の文言に従えば、個人の自由の保障者たることである」(法と民主主義244号4頁)と語っている。このことは、個人の尊重、幸福追求の権利を掲げる日本国憲法のもとにおいて、まさしく妥当すべきところであろう。

ところが、抗告人の解雇を有効とした標記決定(以下、「本件決定」と略記)は、使用者に対し経済的劣位にある労働者(抗告人)の権利主張を「権利濫用」として押さえ、対立する強者である相手方の利益を一方的に保護する結果となっている。そして、そのような結果を導くために、労働組合法、労働基準法や確定給付企業年金法の原則・趣旨を否定する解釈の誤りを犯しており、法の論理の崩壊・溶融を来すものとして、看過することはできない。これが、戦後労働法の形成に力を注いできた労働法研究者として、本意見書を提出し、担当裁判官の考慮を希望する理由である。

第2 本意見書の骨子

本件決定は、事実認定を含め、多くの問題を含むと思われるが、本意見書ではとりあえずの重要点として、@勤労権の保障に関わって、労働協約〈抗告人の労働条件はこれに準ずるものとされている〉における解雇規定、A確定給付企業年金の基金規約変更における加入者の同意の問題に限って、意見を述べる。

結論的にいえば、@の点は、労働者にとって解雇は死活の利益であることから、労働協約の定める解雇理由は、限定列挙と解すべきであり、Aの点は、規約変更に同意するか否かは加入者の自由意思によって決せられなければならず、それを強者の都合に合わせた「権利濫用」となどという安易な言葉で否定するのは許されない、ということである。

第3 意見の理由

2 確定給付企業年金制度において、企業年金基金の規約変更への加入者の不同意は権利濫用か

(1)抗告人の不同意に対する評価

 本件決定は、抗告人の上記不同意について、「本件年金制度改定による影響は比較的小さいことなどを併せ考えれば、債務者労働組合の組合員が構成する代議員の全員が退職年金制度改革に賛成しているにもかかわらず、債権者のみが自らの不利益等を理由に同意しないことは、債権者が債務者労働組合の被用者である専従書記という立場にあることに照らすと、権利の濫用であると認めるのが相当である(本件解雇理由2)。」とする〈決定書48頁〉。

 しかし、こうした思考こそ、労働条件の労使対等決定という労働法の基本原則(労組法1条1項、労働基準法2条1項)を否定し、使用者の専制支配を容認する結果となる。そのような労使関係においては、労働者は使用者の利潤獲得のために雇われたという「立場にあることに照らすと」、利潤増大のための使用者の労働条件切り下げ提案に反対するのは、権利の濫用ということになるではないか。それでは、個人の尊重、生存権、勤労権の保障、労働者の地位向上はあり得ない。

(2)確定給付企業年金法との関係

しかもそれは、確定給付企業年金法の定める加入者の権利保護規定さえ、使用者の都合に合わせ、「権利濫用」という言葉で押しつぶそうとするものである。本来、年金制度など労働条件の不利益変更への同意は、当事者の自由な意思決定によらなければならず、確定給付企業年金法の定めも、それを前提としている。その自由な決定は、自らの権利を守るためものであり、他人を害する権利濫用などと目されるべきものではない。まして、本件の場合に、抗告人の不同意によって、利益を害される者は始めから存在しない。抗告人の事業所以外で規約変更に同意し、それに抗告人の事業所が不同意であれば、不同意の抗告人の事業所を除いた他の事業所で規約変更をすればよいだけの話である。それをしないのは、相手方の自己責任・自己決定の問題である。「債務者労働組合の組合員が構成する代議員の全員が退職年金制度改革に賛成している」からといって、法の定める別の事業所である不同意の抗告人の利益を害そうとすることこそ、「権利濫用」というべきではないのか。

3 結論

以上述べたように、本件決定は、労働法の諸原則、確定給付企業年金法の趣旨に反し、強者の利益の為に弱者の生活と権利を踏みにじる不公正なものであり、取り消されるべきである。

2 平成24年1月16日付意見書〈補充〉(4頁以降)の引用

第2 相手方組合はなぜ抗告人の提案を拒否するのか

1 本件決定の内容

本件決定が、「債権者が債務者労働組合の被用者である専従書記という立場にあることに照らすと、権利の濫用であると認めるのが相当である(本件解雇理由2)。」〈決定書48頁〉とする点は、労働条件の労使対等決定という労働法の基本原則や確定給付企業年金法の趣旨に反する違法なものであることは、前回意見書で述べた。だがこれに加えて、本件決定が抗告人の主張を否定して述べる次の理由は、相手方の主張に照らし、矛盾に満ちている。決定はいう。

「(債権者の主張する)いずれかの方法をとれば、債権者労働組合は従前の給付設計を維持しつつ、債務者労働組合を除く申立外キヤノン電子の実施事業所等のその他の実施事業者では新制度に変更する基金規約変更が可能であるが、<中略>(それは)債務者労働組合と債権者の同意で可能となることは、債務者労働組合もこれを認めるところである。しかしながら、債務者労働組合は、これに同意する可能性は全くない旨を明らかにし(債務者労働組合の平成23年4月25日付け主張書面第1の3及び平成23年7月27日付け主張書面第3参照)、その理由として述べるところは合理的であるから、債権者の上記主張は結局その前提を欠くものといわざるを得ない。」(37頁)。

2 相手方組合が債権者の提案を拒否する理由

相手方は次のようにいう。

「債権者が主張する方法で、年金制度改定を行った場合、キヤノン電子株式会社の従業員は新制度に移行しても複利計算の恩典は受けないのに、債権者だけが4.5%の複利で計算した有利な年金を受給できるという極めて不合理な結果となるのであり、債務者組合としては、組合員を差し置いて、専従書記だけが有利な結果になることを容認できない」(平成23年7月27日付け主張書面20頁)。

「およそ組合員の納得を得られるものではなく、組合員のために存在する債務者組合としては同意できるものではない。」(平成23年4月25日付け主張書面3頁)。

3 その不合理性

しかしながら、抗告人の規約改定不同意によって抗告人が有利となるなら、相手方の組合員(キヤノン電子の従業員)の事業所でも同様に規約改定に不同意とすれば、抗告人と同様の有利な条件を受けることができるはずである。それなのに、自ら不利益となる規約改定に同意しておいて、同意しない抗告人だけが有利となるのは不合理だというのは、因果応報の理を知らないものである。

また、相手方がそれでは組合員の納得を得られないというのは、「組合員のために存在する債務者組合」と称しながら、自らのした不利益変更への組合員の不満をそらすため、抗告人を道連れに引きずり下ろそうとしたことを物語る。

これを「合理的」とする本件決定は、組合員の利益を図る組合としての責任を放棄しながら、その責任逃れを図る相手方を助けようとする「不合理・無責任」なものといわなければならない。

3 小括

(1)この意見書に,

「まして、本件の場合に、抗告人の不同意によって、利益を害される者は始めから存在しない。抗告人の事業所以外で規約変更に同意し、それに抗告人の事業所が不同意であれば、不同意の抗告人の事業所を除いた他の事業所で規約変更をすればよいだけの話である。それをしないのは、相手方の自己責任・自己決定の問題である。」

と指摘があるとおり,「本件不同意」によって,権利を侵害されるものは一人もいません(第3「6」)。

原審決定でさえ,「いずれかの方法をとれば、債権者労働組合は従前の給付設計を維持しつつ、債務者労働組合を除く申立外キヤノン電子の実施事業所等のその他の実施事業者では新制度に変更する基金規約変更が可能である」と認めています(第4「1」)。

さらに,意見書の,

「しかもそれは、確定給付企業年金法の定める加入者の権利保護規定さえ、使用者の都合に合わせ、『権利濫用』という言葉で押しつぶそうとするものである。本来、年金制度など労働条件の不利益変更への同意は、当事者の自由な意思決定によらなければならず、確定給付企業年金法の定めも、それを前提としている。その自由な決定は、自らの権利を守るためものであり、他人を害する権利濫用などと目されるべきものではない。」

との指摘のとおり,企業年金の権利及び保護の規定には,その旨,定められています(第3「7」)。

結局のところ,この意見書の,

「『債務者労働組合の組合員が構成する代議員の全員が退職年金制度改革に賛成している』からといって、法の定める別の事業所である不同意の抗告人の利益を害そうとすることこそ、『権利濫用』というべきではないのか。」

が,本事件の問題の本質を,的確に表現しているのです。

(2)また,この意見書では,キヤノン電子労働組合の現執行部の態様について,

「また、相手方がそれでは組合員の納得を得られないというのは、『組合員のために存在する債務者組合』と称しながら、自らのした不利益変更への組合員の不満をそらすため、抗告人を道連れに引きずり下ろそうとしたことを物語る。」

と指摘し,本事件の根底にある問題の本質を,的確に捉えています。

同時に,

「これを『合理的』とする本件決定は、組合員の利益を図る組合としての責任を放棄しながら、その責任逃れを図る相手方を助けようとする『不合理・無責任』なものといわなければならない。」

と,原審決定の問題も,的確に指摘しています。

特に,本件においては,「基金規約変更」しなければならない“やむを得ない理由”は存在しません(第3「3」)。

ですから,キヤノン電子労働組合の現執行部の「労働組合として,本来のなすべきこと。また,なさないことによる問題。」について,

「しかしながら、抗告人の規約改定不同意によって抗告人が有利となるなら、相手方の組合員(キヤノン電子の従業員)の事業所でも同様に規約改定に不同意とすれば、抗告人と同様の有利な条件を受けることができるはずである。それなのに、自ら不利益となる規約改定に同意しておいて、同意しない抗告人だけが有利となるのは不合理だというのは、因果応報の理を知らないものである。」

の意見書の指摘こそ,正鵠を得ているのです。

(3)この意見書からも明らかなように,原審決定は,労働条件の労使対等決定という労働法の基本原則(労働組合法第1条第1項労働基準法第2条第1項)に反し,強者(キヤノン電子労働組合)の専制支配を容認し,弱者(眞壁とし子)の生活と権利を踏みにじる不公正なものです。

このことは,原審決定の「債権者が債務者労働組合の被用者である専従書記という立場にあることに照らすと、権利の濫用である」という一文からも明らかです。

原審は,眞壁とし子を被用者と蔑視し,労使対等という労働法の基本原則,かつ,法の下に平等(平等権,日本国憲法第14条)という近代憲法上の基本原則さえ,完全に否定しているのです。

このような司法の姿勢を放置すれば,意見書にもあるような,

「労働者は使用者の利潤獲得のために雇われたという『立場にあることに照らすと』、利潤増大のための使用者の労働条件切り下げ提案に反対するのは、権利の濫用」であるので,ゆえに,労働条件切り下げ提案に反対したことを根拠とする本件解雇は正当である,

といった常軌を逸した裁判が行われることも,そう遠い話ではないと考えます。

しかし,それでは,個人の尊重,生存権,勤労権の保障,労働者の地位向上はあり得ません。

強者の専制支配を助長し,弱者の生活を破壊する,その尖兵となることが,司法の任務ではないはずです。

ですから,この意見書の冒頭の,

「『裁判官の任務とは最も弱い者の権利を完全に守り、最も強い者たちを共通のルールに従わせ、かつ現行憲法典の文言に従えば、個人の自由の保障者たることである』と語っている。このことは、個人の尊重、幸福追求の権利を掲げる日本国憲法のもとにおいて、まさしく妥当すべきところであろう。」

にこそ,本来あるべき,司法の任務があるのです。

残念ながら,原審決定は,「強者の専制支配を助長し,弱者の権利を踏みにじる」という,本来あるべき,司法の任務とはかけ離れた様相を呈しています。

今後,本事件の原審決定を目にした国民は,司法に対して,強い不信を抱くことは想像に難くありません。

それゆえ,司法に対する不信を払拭し,本来あるべき,司法の任務,司法への信頼を取り戻すためにも,本事件の抗告審において,公正な審理が求められているのです。

第6 本事件の社会的な影響について

 キヤノン電子企業年金基金が実施する企業年金は,確定給付企業年金です。

しかし,確定給付企業年金及び確定拠出年金に関する司法判断は,同企業年金の加入者のみならず,同様の法制度である,他の企業年金の加入者にも多大な影響を及ぼします。

 具体的には,厚生年金基金の加入者です。

平成23年版厚生労働白書の資料編企業年金など(246乃至248頁),及び社団法人生命保険協会平成22年3月末現在の速報値(信託業界・生命保険業界・JA共済連の3業態にかかる企業年金の受託概況)から,

・ 厚生年金基金の   加入者数は,460万人,

・ 確定給付企業年金の 加入者数は,647万人,

・ 確定拠出年金の   加入者数は,371万人,

に影響を与えます。

 確定拠出年金は,他の企業年金と同時に加入することができるため,確定拠出年金の加入者数は,単純に合計することはできませんが,厚生年金基金の加入者数と確定給付企業年金の加入者数の合計,少なくとも1107万人の加入者に達すると考えられます。

いずれにせよ,本事件は,確定拠出年金の規約改定の手続上の権利をめぐる重要な法的解釈問題にも関連していますので,確定拠出年金の加入者の法的地位についても,本事件の司法判断は重大な影響を及ぼします。

 したがって,今後,少なくとも1107万人の加入者の正当な行為に対して,解雇を含む不当な取り扱いがされても,合法と判断される危険があるのです。

第7 最後に

キヤノン電子企業年金基金が実施する,確定給付企業年金及び確定拠出年金は,数々の税制上の優遇措置(第2「3(2)」第2「4(2)」)を受けており,受給権保護のための措置も存在する,国が保障する企業年金です。

これら企業年金は,実施事業所毎の,加入者の過半数代表者,労働組合の正当な行為を,法による保護の対象とすることによって(第3「7」),国民の高齢期における生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的としています(確定給付企業年金法第1条確定拠出年金法第1条)。

しかし,原審決定は,「本件不同意」が,過半数代表者,労働組合の正当な行為にあたるか否か,一切検討をしておらず,法による保護については言及すらしていません第4「2(2)」)。

また,権利行使者の受ける利益と相手方の受ける不利益の,整理・比較衡量という基本的な過程すら踏まず,一方的に,「本件不同意」を権利の濫用と認定しています(第4「2(5)」)。

しかしながら,「本件不同意」が,キヤノン電子労働組合実施事業所の,唯一の加入者である,眞壁とし子にしか影響を与えないことは,法令上,明らかであって,「本件不同意」によって権利が侵害される者も一人もいないことも,法令上,明らかです(第3「6」)。

さすがに,原審決定も「いずれかの方法をとれば、債権者労働組合は従前の給付設計を維持しつつ、債務者労働組合を除く申立外キヤノン電子の実施事業所等のその他の実施事業者では新制度に変更する基金規約変更が可能である」と,法令上,認めざるを得ないのです第4「1」)。

このような原審決定について,佐藤昭夫早稲田大学名誉教授(法学博士)の意見書は,「また、相手方がそれでは組合員の納得を得られないというのは、『組合員のために存在する債務者組合』と称しながら、自らのした不利益変更への組合員の不満をそらすため、抗告人を道連れに引きずり下ろそうとしたことを物語る。これを『合理的』とする本件決定は、組合員の利益を図る組合としての責任を放棄しながら、その責任逃れを図る相手方を助けようとする『不合理・無責任』なものといわなければならない。」と的確に指摘しています。

この意見書の「『裁判官の任務とは最も弱い者の権利を完全に守り、最も強い者たちを共通のルールに従わせ、かつ現行憲法典の文言に従えば、個人の自由の保障者たることである』と語っている。このことは、個人の尊重、幸福追求の権利を掲げる日本国憲法のもとにおいて、まさしく妥当すべきところであろう。」にこそ,本来あるべき,司法の任務があるのであって,原審決定のように「強者の専制支配を助長し,弱者の権利を踏みにじる」ために「確定給付企業年金法の定める加入者の権利保護規定さえ,使用者の都合に合わせ,『権利濫用』という言葉で,安易に押しつぶす」ようなことが,司法の任務であるはずがありません。

以上より,原審決定の「本件不同意」を権利の濫用とする判断は,国が「国民の高齢期における生活の安定と福祉の向上に寄与すること」を目的とし,「加入者等」を法による保護の対象とし,かつ「事業主」には税制上の優遇措置まで与えて保障した「企業年金」に対する,“国民の絶対的な信頼を根底から失わせる”,極めて看過し難い,重大な判断です。

しかも,原審決定のは,今後,少なくとも企業年金1107万人の加入者の正当な行為に対して,解雇を含む不当な取り扱いがされても合法と判断される,極めて危険な判断なのです。

万が一,このまま原審決定が維持されるようであれば,社会的に多大な悪影響を与えるため,企業年金に対する国民の信頼喪失,司法に対する権威失墜は免れません。

上述のとおり,原審決定は,重要な点については何ら判断せず,「強者の専制支配を助長し,弱者の権利を踏みにじる」ために,「『権利濫用』という言葉で,企業年金の加入者の権利保護の規定さえ,安易に押しつぶす」という,およそ,まともな決定の体をなさない,「結論先にありき」の決定という以外になく,直ちに取り消されるべきなのです。

以 上

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