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佐藤早稲田大学名誉教授の平成23年12月14日付意見書の全文

東京高等裁判所 第22民事部 御中

2011年12月14日

意  見  書

――さいたま地裁秩父支部 平成22年(ヨ)第3号

      地位保全仮処分申立事件決定(平成23年9月7日)批判

早稲田大学名誉教授      

法学博士(早稲田大学)  

佐 藤 昭 夫

目次

第1 なぜ本意見書を提出するか

第2 本意見書の骨子

第3 意見の理由

1 本件解雇と労働協約

(1)労働協約の定める解雇理由は、限定列挙か、例示列挙か

(2)解雇手続違反

2 確定給付企業年金制度において、企業年金基金の規約変更への加入者の不同意は権利濫用か

(1)抗告人の不同意に対する評価

(2)確定給付企業年金法との関係

3 結論

佐藤昭夫略歴

第1 なぜ本意見書を提出するか

かつて、フランス、ポントワーズ大審裁判所所長のピエール・リオン=カーン氏は、日本民主法律家協会及び日本弁護士連合会の招きで来日しての講演で、「裁判官の任務とは最も弱い者の権利を完全に守り、最も強い者たちを共通のルールに従わせ、かつ現行憲法典の文言に従えば、個人の自由の保障者たることである」(法と民主主義244号4頁)と語っている。このことは、個人の尊重、幸福追求の権利を掲げる日本国憲法のもとにおいて、まさしく妥当すべきところであろう。

ところが、抗告人の解雇を有効とした標記決定(以下、「本件決定」と略記)は、使用者に対し経済的劣位にある労働者(抗告人)の権利主張を「権利濫用」として押さえ、対立する強者である相手方の利益を一方的に保護する結果となっている。そして、そのような結果を導くために、労働組合法、労働基準法や確定給付企業年金法の原則・趣旨を否定する解釈の誤りを犯しており、法の論理の崩壊・溶融を来すものとして、看過することはできない。これが、戦後労働法の形成に力を注いできた労働法研究者として、本意見書を提出し、担当裁判官の考慮を希望する理由である。

第2 本意見書の骨子

本件決定は、事実認定を含め、多くの問題を含むと思われるが、本意見書ではとりあえずの重要点として、@勤労権の保障に関わって、労働協約〈抗告人の労働条件はこれに準ずるものとされている〉における解雇規定、A確定給付企業年金の基金規約変更における加入者の同意の問題に限って、意見を述べる。

結論的にいえば、@の点は、労働者にとって解雇は死活の利益であることから、労働協約の定める解雇理由は、限定列挙と解すべきであり、Aの点は、規約変更に同意するか否かは加入者の自由意思によって決せられなければならず、それを強者の都合に合わせた「権利濫用」となどという安易な言葉で否定するのは許されない、ということである。

第3 意見の理由

1 本件解雇と労働協約

(1)労働協約の定める解雇理由は、限定列挙か、例示列挙か

 本件決定は、解雇に関する労働協約の規定につき、「19条1項が定める解雇事由が限定列挙の趣旨であることは文書上明らかでなく、」「これを実質的にみても、19条1項が定める上記@ないしBの場合以外には解雇できず、これら以外の事由により使用者に重大な損害を与えたような場合にまで解雇できないとするのは、不合理である。」〈決定書23〜24頁〉とする。

 しかし、文言上明らかでないならば、その制度の趣旨により判断すべきことが当然だろう。この点、労働基準法においては、憲法25条の生存権、27条の勤労権の規定を受け、「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべき」(労働基準法1条)労働条件の最低基準を定めている。そのような基準の一つとして、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して・・・労働条件を明示しなければならない。」(労働基準法15条1項)。なかでも、「退職に関する事項 (解雇の事由を含む)」は書面の交付にようて示されなければならないとされ (労働基準法施行規則5条1項4号)、また、この 「退職に関する事項(解雇の事由を含む)」は、就業規則の必要記載事項でもある(労働基準法89条3号)。

こうした規定がなぜ必要とされたかといえば、「『労働者』とは、職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によって生活する者をいう。」(労組法3条)。つまり、労働者は、賃金を得て働くこと以外には、その生活を維持することができないのであり、解雇はその生活を脅かす。それだから、どのような場合に解雇されるかの定めは、労働者にとって極めて重要な労働条件であり、労基法上も文書によって明確にされなければならないとされたのである。

労働基準法が使用者に労働条件の明示を命じ、就業規則に解雇事由の定めを記載させるのは、それ以外の事由によっては解雇 されないという、労働者にとっての労働条件の最低保障を意味する。そして、使用者にとっては、それ以外の事由では解雇しないという、解雇の自由に対する自己制限である。これを「例示的」とする解釈は、労働条件の最低基準を罰則付きで保障する労働基準法の趣旨を否定するものといわなければならない。まして労働協約は、労働条件の規範として締結されるものであり(労組法16条)、その解雇の条件は、使用者の恣意を許さない明確なものであることを必要とする。こうした制度の趣旨から、その解雇事由は制限列挙と解するほかはない。したがって、その定めによらない解雇は、契約によって確保された勤労権の侵害であり、社会通念上相当でなく(労働契約法16条)、無効となるというべきである。

 本件決定は、「実質的にみても」、協約に定める「以外の事由により使用者に重大な損害を与えたような場合にまで解雇できないとするのは、不合理」だという。

しかし、もしそれが問題なら、使用者は解雇ではなく損害賠償請求により対処する可能性があり(その妥当性の有無は――その損害の原因は労働環境にあったのではないか、労働者の労働によって利益をあげている使用者が、損害について労働者に責任を負わせるのが公平かなど――裁判所によって判断される)、それを、その経済的優位性に基づく解雇(これは使用者の一方的判断でなされ、それを争うには収入の道を断たれた労働者の困難な闘いが必要となる)によって、労働者の勤労権を剥奪する「実質的」合理性はない。

 労働協約に定める解雇事由を例示列拳と解する不合理は、本件の場合、ことに顕著である。抗告人は昭和52年〈1977年〉以降、30年にわたり、勤務態度に何ら問題を生じることはなかった。ところが、平成18年(2006年)に退職勧奨が行われるに至って、労働条件に関する主張が使用者と対立した。こうした状態において、労働者がその問題の解決、主張の貫徹のため、争議行為を含め、個人の自由を行使して可能なあらゆる手段を講じることは当然である(「労働関係の公正な調整」を図ることを目的(1条)とする労働関係調整法は、争議行為とは、「労働関係の当事者が、その主張を貫徹することを目的として行う行為及びこれに対抗する行為であって、業務の正常な運営を阻害するものをいう」〈7条〉と規定する)。

ところが、本件決定は、抗告人の職場秩序に関係のない、勤務時間外、職場外での表現の自由である記者の取材に応じたことまで、「債務者労働組合の対外的信用を低下させた」として、「債権者としては、別件訴訟をすでに提起した以上、その中で自己の主張立証を尽くすことにより自己の権利利益を擁護するというのが本来の姿なのである」〈決定書43頁〉として、その正当性を疑問視する。しかし、労使の主張の対立の中で、言論には言論をもって対抗するのが、「本来の姿」ではないのか。労働者の権利や労働条件は、その生存権、勤労権に関わるものとして、公共の関心事である。「債務者労働組合の対外的信用」を守るためにその経済的優位性を用い、解雇を以て口封じをすることこそ、使用者の社会的責任に反すると言わなければならない。個人の自由である内容証明郵便の使用や質問、さらには年金基金規約変更への不同意まで解雇の口実にされるに至っては、労働協約の定める解雇事由を例示規定とすることが、規範をどこまで恣意的に崩壊・溶融させるかを示すものである。

(2)解雇手続違反

 本件決定は、本件解雇が普通解雇だから、懲罰委員会での弁明、弁護の手続がなくても有効だとする。その理由として、「雇用保険被保険者離職証明書の解雇理由は 『解雇』(重責解雇を除く)となっていること」「雇用保険被保険者資格喪失届の資格喪失届の資格喪失原因欄には『3 事業者の都合による離職』・・・、被保険者でなくなった原因欄には『解雇』と記載されていることが認められ」ることをあげる〈決定書22頁〉。そして、本件解雇理由は「労働協約21条1項4号及び24条9号とからなるものであるところ、21条の見出しは『懲戒解雇』となっているが、1項4号においては、解雇の種類として普通解雇と懲戒解雇があることを述べた上」、予告手当について定めているが、「もし4号が懲戒解雇のみについての規定であれば、そもそも解雇予告手当に言及する必要がないのであるから、同条は、その見出しにもかかわらず、普通解雇と懲戒解雇の両者について定めているものと解する外はなく、この解雇理由の存在が上記認定・判断を左右するものではない。」としている〈決定書22〜23頁〉。

 しかし、本件決定の「前提となる事実」の認定によれば、労働協約には「19条(解雇)」、「21条(懲戒内容)」が定められており、その21条1項4号には「解雇又は懲戒解雇」が規定されている〈決定書6頁〉。 そうすると、「懲戒内容」には解雇もまた含まれるのであり、懲戒解雇でない解雇、いわゆる普通解雇も、「24条(出勤停止、解雇又は懲戒解雇の基準)」の要件を満たす場合には、「出勤停止」より重く、「懲戒解雇」よりは軽い「懲戒処分」の一つということになる。そして、21条2項で、「解雇又は懲戒解雇」を定める「前項4号 の懲戒については、懲罰委員会の決定を経て行う。」〈決定書7頁〉こととされている。

こうしてみると、「懲戒解雇」ではなく、その意味でいわゆる普通解雇であっても21条1項4号の「懲戒」の一種として、「懲罰委員会の決定を経て行う」ことが必要な場合もある。本件決定のように、普通解雇だということから直ちに懲罰委員会の決定を要しないとするのは、論理を飛躍させる独断だといわなければならない。

2 確定給付企業年金制度において、企業年金基金の規約変更への加入者の不同意は権利濫用か

(1)抗告人の不同意に対する評価

 本件決定は、抗告人の上記不同意について、「本件年金制度改定による影響は比較的小さいことなどを併せ考えれば、債務者労働組合の組合員が構成する代議員の全員が退職年金制度改革に賛成しているにもかかわらず、債権者のみが自らの不利益等を理由に同意しないことは、債権者が債務者労働組合の被用者である専従書記という立場にあることに照らすと、権利の濫用であると認めるのが相当である(本件解雇理由2)。」とする〈決定書48頁〉。

 しかし、こうした思考こそ、労働条件の労使対等決定という労働法の基本原則(労組法1条1項、労働基準法2条1項)を否定し、使用者の専制支配を容認する結果となる。そのような労使関係においては、労働者は使用者の利潤獲得のために雇われたという「立場にあることに照らすと」、利潤増大のための使用者の労働条件切り下げ提案に反対するのは、権利の濫用ということになるではないか。それでは、個人の尊重、生存権、勤労権の保障、労働者の地位向上はあり得ない。

(2)確定給付企業年金法との関係

しかもそれは、確定給付企業年金法の定める加入者の権利保護規定さえ、使用者の都合に合わせ、「権利濫用」という言葉で押しつぶそうとするものである。本来、年金制度など労働条件の不利益変更への同意は、当事者の自由な意思決定によらなければならず、確定給付企業年金法の定めも、それを前提としている。その自由な決定は、自らの権利を守るためものであり、他人を害する権利濫用などと目されるべきものではない。まして、本件の場合に、抗告人の不同意によって、利益を害される者は始めから存在しない。抗告人の事業所以外で規約変更に同意し、それに抗告人の事業所が不同意であれば、不同意の抗告人の事業所を除いた他の事業所で規約変更をすればよいだけの話である。それをしないのは、相手方の自己責任・自己決定の問題である。「債務者労働組合の組合員が構成する代議員の全員が退職年金制度改革に賛成している」からといって、法の定める別の事業所である不同意の抗告人の利益を害そうとすることこそ、「権利濫用」というべきではないのか。

3 結論

以上述べたように、本件決定は、労働法の諸原則、確定給付企業年金法の趣旨に反し、強者の利益の為に弱者の生活と権利を踏みにじる不公正なものであり、取り消されるべきである。

付言すれば、本件決定に対する上記批判は、決定を肯定する相手方の答弁書に対しても、そのまま当てはまる。

佐藤昭夫(1928年7月13日生まれ)略歴

学歴

1951年3月 早稲田大学第1法学部卒業

1956年3月 早稲田大学大学院労働法専修 博士課程修了

1962年3月 「ピケット権の研究」により法学博士(早稲田大学)

職歴

1953年5月 早稲田大学助手

1959年4月 早稲田大学講師(労働法担当)

1962年4月 早稲田大学助教授(労働法担当)

1967年4月 早稲田大学教授(労働法担当)

1967年10月〜68年9月 (在外研究・ボン大学との交換研究員)

1968年10月〜69年12月 (在外研究期間延長)

1969年7月〜69年12月 フンボルト財団奨学研究員

1999年3月 早稲田大学退職(同大学名誉教授)

   同年4月 第2東京弁護士会・弁護士登録

主要著書

ピケット権の研究(1961年、勁草書房)

労働法学の課題(1967年、日本評論社)

政治スト論―団体行動権保障のために(1971年、一粒社)

労働基本権(編著)文献選集日本国憲法・9(1977年、三省堂)

国家的不当労働行為論―国鉄民営化批判の法理(1990年、早大出版部)

労働法学の方法―歴史の認識と法の理解(1998年、悠々社)

国鉄闘争におけるILO勧告の経緯と問題点―「4党合意」を美化したILO勧告の罪(2006年、国鉄民営化問題研究会)

早稲田大学企業年金裁―「連絡会」運動とともに(2010年、悠々社)

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