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佐藤早稲田大学名誉教授の平成24年1月16日付意見書〈補充〉の全文

東京高等裁判所 第22民事部 御中

2012年1月16日

意  見  書 〈補充〉

――さいたま地裁秩父支部 平成22年(ヨ)第3号

      地位保全仮処分申立事件決定(平成23年9月7日)批判

早稲田大学名誉教授      

法学博士(早稲田大学)  

佐 藤 昭 夫

目次

はじめに

第1 「解雇」で問題となるのは、名称ではなく、当該解雇に関し、労働協約なり就業規則なりで定められた取扱いと手続である

1 解雇に関する本件決定

2 労働基準法の「解雇の予告」規定の見落とし

3 当事者の意思を無視した労働協約の恣意的解釈

第2 相手方組合はなぜ抗告人の提案を拒否するのか

1 本件決定の内容

2 相手方組合が債権者の提案を拒否する理由

3 その不合理性

第3 労働組合の職員との労働関係について

はじめに

標記事件決定〈「本件決定」〉あるいは「決定」と略記〉に関し、先に私は意見書(2011年12月14日付け、「前回意見書」と略記)を提出したが、前回意見書では、なお十分な理解が得られていなかったと思われるので、内容は同一であるが、重ねて説明を加える。

第1 「解雇」で問題となるのは、名称ではなく、当該解雇に関し、労働協約なり就業規則なりで定められた取扱いと手続である

1 解雇に関する本件決定

本件決定は労働基準法及び労働協約について恣意的な思い込みからこれを無視ないし勝手に読み替えるというずさんなものである。前回意見書でも指摘したが、本件決定は、「前提となる事実」の認定で、労働協約「21条(懲戒内容)は、その1項において、『組合員に対する懲戒は、次の4種とする。』として、その4号『解雇又は懲戒解雇』で、30日前に予告するか、又は30日分の平均賃金を支給し、解雇又は懲戒解雇する。・・・』と定め、その2項において、『前項4号の懲戒については、懲罰委員会の決定を経て行う。』と定める。」と認めている(決定書6〜7頁)。

ところが「争点に対する判断」では、「21条の見出しは『懲戒内容』となっているが、1項4号においては、解雇の種類として、普通解雇と懲戒解雇があることを述べた上(『30日前に予告するか、または30日分の平均賃金を支給し、解雇する。ただし、行政官庁の認定を経た場合は、予告期間を設けることなく即日解雇する。』と定めており、もし4号が懲戒解雇のみについての規定であれば、そもそも解雇予告手当に言及する必要がないのであるから、同条は、その見出しにもかかわらず、普通解雇と懲戒解雇の両者について定めているものと解するほかなく、この解雇理由の存在が上記認定・判断(引用者注:『本件解雇は普通解雇であると認められる』)を左右するものではない。」とする(22〜23頁)。しかしこれは、現行法の規定を無視し、さらに協約の規定を歪曲するものである。

2 労働基準法の「解雇の予告」規定の見落とし

第1に、どうして「もし4号が懲戒解雇のみについての規定であれば、そもそも解雇予告手当に言及する必要がない」のか。たとえば、退職金は労働契約によって定まるものであるから、懲戒解雇の場合にこれを不支給とするのはともかく、解雇予告手当は労働基準法20条1項 により定められた使用者の義務である。その除外に「行政官庁の認定を受けなければならない」ことは、「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」(懲戒解雇がそれに当たる)でも同様である(労働基準法20条3項)。だから、懲戒解雇についても、労働基準法の予告手当との関係を定めておく必要があるのは当然である。それを本件決定のように、<4号が懲戒解雇のみについての規定であれば、解雇予告手当に言及する必要がない>というのは、懲戒解雇なら解雇予告手当の必要もないという思い込みから、この法律の規定を完全に見落とすという、「憲法及び法律にのみ拘束される」(憲法76条3項)裁判官として、あるまじき失態である。

3 当事者の意思を無視した労働協約の恣意的解釈

第2に、本件決定は、「1項4号においては、解雇の種類として、普通解雇と懲戒解雇があることを述べた」とする。しかし、協約21条は「解雇の種類」ではなく「懲戒内容は次の4種とする」として、その4号で懲戒の1種に「解雇」を明文で規定している。それを決定は、「解雇の種類」とねじ曲げた上、協約が懲戒の1種類としての「解雇」を規定しているものを、懲罰委員会を不要とする「普通解雇」と勝手に作り変えている。これは、現実の労働関係に存在する事実(後述)を 見ず、解雇には「懲戒解雇」と懲罰委員会を不要とする「普通解雇」の2種類しかなく、「懲戒解雇」でないのだから「懲罰委員会は不要」とする独善的固定観念に縛られた誤りである。

 現実の労働関係には、「懲戒解雇」やいわゆる「普通解雇」の他に「諭旨解雇」や「諭旨退職」などが広く存在している(別紙1,2)。さらに本件では、21条の「懲戒内容」として、4号に、「懲戒解雇」だけでなく、その重さにおいて「出勤停止」と「懲戒解雇」との中間的な懲戒としての「解雇」が規定されている。そして、「前項4号の懲戒」すなわち「解雇又は懲戒解雇」については、「懲罰委員会の決定を経て行う。」とされているのである。本件21条4号の「解雇又は懲戒解雇」のいずれの場合も、「懲罰委員会の決定」が必要であるのは、明らかである。

それなのに決定は、解雇には「懲戒解雇」と、手続的にそれと異なる「普通解雇」の2種類しか存在しないという独断的先入観をもって、協約による明文の合意を否定した。それは、法を無視し、協約に違反して懲罰委員会の手続をとらずにした解雇の正当化を図る相手方の詭弁を援護する結果となっている。

第2 相手方組合はなぜ抗告人の提案を拒否するのか

1 本件決定の内容

本件決定が、「債権者が債務者労働組合の被用者である専従書記という立場にあることに照らすと、権利の濫用であると認めるのが相当である(本件解雇理由2)。」〈決定書48頁〉とする点は、労働条件の労使対等決定という労働法の基本原則や確定給付企業年金法の趣旨に反する違法なものであることは、前回意見書で述べた。だがこれに加えて、本件決定が抗告人の主張を否定して述べる次の理由は、相手方の主張に照らし、矛盾に満ちている。決定はいう。

「(債権者の主張する)いずれかの方法をとれば、債権者労働組合は従前の給付設計を維持しつつ、債務者労働組合を除く申立外キヤノン電子の実施事業所等のその他の実施事業者では新制度に変更する基金規約変更が可能であるが、<中略>(それは)債務者労働組合と債権者の同意で可能となることは、債務者労働組合もこれを認めるところである。しかしながら、債務者労働組合は、これに同意する可能性は全くない旨を明らかにし(債務者労働組合の平成23年4月25日付け主張書面第1の3及び平成23年7月27日付け主張書面第3参照)、その理由として述べるところは合理的であるから、債権者の上記主張は結局その前提を欠くものといわざるを得ない。」(37頁)。

2 相手方組合が債権者の提案を拒否する理由

相手方は次のようにいう。

「債権者が主張する方法で、年金制度改定を行った場合、キヤノン電子株式会社の従業員は新制度に移行しても複利計算の恩典は受けないのに、債権者だけが4.5%の複利で計算した有利な年金を受給できるという極めて不合理な結果となるのであり、債務者組合としては、組合員を差し置いて、専従書記だけが有利な結果になることを容認できない」(平成23年7月27日付け主張書面20頁)。

「およそ組合員の納得を得られるものではなく、組合員のために存在する債務者組合としては同意できるものではない。」(平成23年4月25日付け主張書面3頁)。

3 その不合理性

しかしながら、抗告人の規約改定不同意によって抗告人が有利となるなら、相手方の組合員(キヤノン電子の従業員)の事業所でも同様に規約改定に不同意とすれば、抗告人と同様の有利な条件を受けることができるはずである。それなのに、自ら不利益となる規約改定に同意しておいて、同意しない抗告人だけが有利となるのは不合理だというのは、因果応報の理を知らないものである。

また、相手方がそれでは組合員の納得を得られないというのは、「組合員のために存在する債務者組合」と称しながら、自らのした不利益変更への組合員の不満をそらすため、抗告人を道連れに引きずり下ろそうとしたことを物語る。

これを「合理的」とする本件決定は、組合員の利益を図る組合としての責任を放棄しながら、その責任逃れを図る相手方を助けようとする「不合理・無責任」なものといわなければならない。

第3 労働組合の職員との労働関係について

本来、労働組合であるならば、その雇用する職員との労働関係は、労使対等の模範的な労働関係であるべきであろう。そして組合員の使用者である会社に対して、そのような労働関係を実現すべきことを要求し得るものでなければならない。そうでなければ、その要求は使用者に、「先ず隗より始めよ」として退けられることに、反論できなくなる。こうした観点からして、相手方の態度は、協約上の手続に反する解雇といい、確定給付企業年金法における加入者の権利否定といい、その労働関係の実情、批判を公にしたことに対する報復的解雇といい、いかなる職場でも労使対等、人間らしい労働(ディーセント・ワーク)において、あってはならないことである。ましてや労働組合がそのようなことをするのでは、自らの名に恥じなければならない。

なお、規約改定の理由も、年金は長期にわたるものであるのに、不利であった短期的な利殖状況を口実とするとか、その状況に対処するのに他の選択肢を考慮しないなど不合理なものであるが、ここでは触れない。

以上

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